ひと言で「UX」といえど、事業・サービスが変われば、ユーザーに提供する体験の重要性は変わるもの。
この新シリーズではUXに携わる2名のクリエイターを異なる事業から抜擢し、対談を実施します。互いのサービスを手元で触ってもらいながら、“UX”の奥深さを語ってもらいます。
はたして何を考え、どのように設計されているのか。
そしてどのような共通点があり、どこに大きな違いがあるのか。
2人のクリエイターを通じて、“UX“のあり方を掘り下げます。今回は、『家族アルバム みてね』の中村と「TIPSTAR」の吉秋に対談形式で話を聞きました。
そもそも…どんなプロダクト?
━━まずはじめに、どのようなプロダクトか教えてもらえますか?
中村 『家族アルバム みてね(以下みてね)』は、親御さんが撮ったお子さまの写真・動画を、祖父母・親族などの家族と共有できるアプリです。リアルタイムでお子さまの成長を共有できますし、招待した家族だけなので、安心してコミュニケーションを楽しんでもらえるサービスです。
吉秋 私が携わっているのは、『TIPSTAR』です。このサービスは、365日配信されるライブ動画と競輪(KEIRIN)&オートレースのネット投票を、基本無料で楽しめる、というのもの。友達や仲間と一緒に楽しめるので、“共遊型スポーツベッティングサービス”と呼んでいます。
━━すごく毛色の違うサービスですよね。ユーザー層も違うのでしょうか?
吉秋 大きく違いそう…。『TIPSTAR』は対象を広げようかと議論を重ねているところではあるのですが、女性にも受け入れられたサービスで、あまりベッティングの経験がないような方々も遊んでくれています。
中村 意外と女性が多いんですね。
吉秋 そうなんです。ベッティングというと、いわゆる“ガチ勢”の方々をイメージされると思うのですが、『TIPSTAR』はメインユーザーの年齢層が低く、また女性が多いのも特徴ですね。「みてね」はいかがですか?
中村 ボリュームゾーンは、20〜30代・40代の親御さんです。祖父母の方々にも利用頂いているので、上は70代くらいまでいらっしゃいますね。なので、年齢層で区切ると20〜70代、とかなり広範囲のユーザーが対象になります。ただ、全ての機能を広い年齢層で想定しているわけではなく、機能別・施策別にペルソナがいて、そこに合わせて最もいい体験になるように調整していますね。
吉秋 なるほど…想像したとおり、やはりユーザー層は大きく違いますね(笑)。
━━大まかな自己紹介が済んだところで、実際にサービスを触ってもらいながら話を聞きたいのですが、第一印象としてはいかがですか?
吉秋 まず「みてね」は、登録がすごーく簡単に作られていますね。アプリをダウンロードして立ち上げてすぐ「招待されている方」「新しく家族アルバムを作成」のボタンがあって、新規アカウントを作る場合でも「お子さまとの関係」「ニックネーム」「お子さまの情報」だけで登録できる。この時点でメールアドレスの登録や二段階認証などがないので、高齢の方でもすぐ登録して始められますね。
中村 そうなんです。今説明してもらったのは、アルバムの作成者・管理者となる親御さんを想定した手順なのですが、誰かをアルバムに招待する場合は発行したQRコードを読み込むか、LINEなどに送ったURLからアカウントを追加するか…なので、比較的にシンプルにしています。
吉秋 なるほど。これならスマートフォンを触ったことがある方なら、ある程度年齢を問わず設定できますもんね。ちなみに、UIとして目指している世界観は「シンプル」がテーマなんですか?
中村 UIだけ見ると「シンプル」とも言えますが、サービス全体で共有しているフレーズは「世界中の家族にとっての心のインフラになる」なんです。“インフラ(Infrastructure)”は基盤を意味する言葉なのですが、言い換えると“日常的を下支えするもの”ですね。身近な例でいうと、水道・ガス・電気・道路…とか。アプリに置き換えると、各OSにデフォルトで入っていても違和感のないような使い心地を意識しています。
吉秋 なるほど!たしかにデフォルトで入っていても違和感のないスムーズさがありますね。
中村 そうなんです。対して…といってもいいほど、『TIPSAR』は世界観が違いますよね(笑)。これはかなり“のめり込める”世界観になっているというか、まるでゲームセンターにいるような気持ちになります。
吉秋 意識しているのは、まさしくその高揚感なんです。デザインについて議論する時、「ゲームセンターのメダルゲーム」はよく共有しているフレーズです。メダルゲームコーナーにいるだけでワクワクする感じ。そして、遊びだしたらもっと入り込めるような雰囲気。『TIPSTAR』も実際にメダルで遊べるように、強く意識している点ではありますね。
中村 でも、なんでそういう世界観なんですか?
吉秋 ご存知かわかりませんが、いわゆるベッティングが出来る従来のサービスって、かなり玄人向けというか…車券をいかにスムーズに購入できるか、いかに分かりやすく情報を見せるかを追求していってる印象があります。もちろん『TIPSTAR』でもその辺は意識して作成しているのですが、その部分に加えて「なんか楽しそう」「賑やかで面白そう」と思ってもらえるデザインはすごく重要視しているんですよね。
中村 なるほど。特にミクシィのサービスの中でも、最も世界観が離れているサービス同士の対談かもしれませんね(笑)。
━━パッと見た時の印象はもちろん違いますが、これほど根から違うとUXについての課題や悩みも重なる部分は少ないのでしょうか?
吉秋 うーん…『TIPSTAR』をやっていて難しいな、と日々感じる部分は“矛盾が発生すること”なんですよね。
ベッティング初心者向け、という大きな方向があるので、ある程度必要な情報だけ表示するようにして、遊びやすくしているんです。ただ、ユーザーは遊べば遊んだ分だけ習熟していくし、ベッティングにも徐々に勝てるようになってくる。ユーザーがプロ化していくと「画面がシンプルで遊びやすい」が「検討に必要な情報が載っていない」へと認識が変わるんです。そう捉えられるとサービスで遊んでくれる機会も減ってしまうんですよね…。
中村 “矛盾が発生する”ですね、よくわかります…。「みてね」も、なるべくどの年齢層でも触りやすいようにシンプルに設計しているのですが、やはり説明が必要なシーンは出てくる。このボタンは◯の機能、ここをスワイプすると△に戻る…とか。ただ、チュートリアルを入れてしまうと、スマートフォンに触り慣れた若年層の方には結構手間がかかるというか、わずらわしく思われてしまうこともあります。
吉秋 ここは共通してそうですね。親切でやったことが、必ずしも全員を幸せにできるわけじゃないというか…。『TIPSTAR』の場合はユーザーの習熟度に差があるので、初心者とある程度こなれてきたユーザー、どちらにも親切な最適解を探すのは難しいな…とよく思います。
中村 それに似た話で、「みてね」はいいね機能をつけていないんです。ユーザーの方からつけてほしいとリクエストの声を聞くことはあるのですが、家族が写真をアップして、それにいいね!を押す。でも実装していないのは、それが「私たちが届けたい家族間のコミュニケーション」ではないからです。いいね疲れといった風潮もある中で、果たしてスタンプひとつのアクションをコミュニケーションといっていいのか。そこに懐疑的なので、今はいいね機能はつけていません。でも、ずっと議論を続けている部分でもあるので、今後絶対につけません!…ということではないです(笑)。
ミクシィなりの“理想のUX”は?
━━ミクシィとしての“理想のUX”にどれだけ近い状態なのでしょうか?
吉秋 むずかしい質問ですね…。もちろん、私たちが「これがベストだ!」と思ったものにしてしまえば、“僕らが考えた最強のUX”にたどり着くことは出来ると思うんですが、それがユーザーにとってどうか、という点が抜け落ちてますよね。個人的には、まだ『TIPSTAR』でやりたいことを100%出来ているわけではないので、理想を語るのはまだ早いかもしれません。
中村 吉秋さんが言う通りで、理想のUX…と思わず遠くを見てしまいますね(笑)。基本的に私たちが100%を決めることは難しいと思います。私たちがやりたいことを100%やったところで、それがユーザーにとって100%になったとは言えないですよね。さらに、ミクシィのミッションである「ユーザーサプライズファースト」も実現できないと「ミクシィが思う理想のUX」にたどり着いたとはいえません。
━━ 「ユーザーサプライズファースト」が前提にあるのとないのとでは、どう違ってくるのでしょうか?
中村 前提に無い状態というのは、「ユーザーの要望を反映するだけ」「自分たちのやりたいことだけを詰め込む」「ただひたすら数値の改善だけ行う」という状態ではないでしょうか。
対して、「ユーザーサプライズファースト」が前提にある状態だと、
・ ユーザーの要望を反映
・ユーザーの予想を超えた、自分たちが提案したい体験
・数値もついてくる
と、この3つがバランスよく揃っていて、かつ、それらが継続して行われている、という感じかなと思います。
吉秋 ユーザーが予想しえない提案を行う、という意味では『TIPSTAR DOME』は分かりやすいかもしれません。まさか自分の手元で遊んでいたアプリから、実際に足を運べるスタジアムが出来るなんて想像もつかないですよね。
━━そういった意味だと、サービスの色は違っても共通している部分はありそうですね。
中村 そうですね。大まかなくくりではありますが、ユーザーの動向やトレンド、時代の流れなどに合わせて、使いやすく違和感のないものに作ることは大前提として、そこにミクシィならではのエッセンスを喜んでもらえるように提案をし続けていく…常に状況に合わせて最適なかたちを探していくこと、それだけがゴールに近づける唯一の方法なんじゃないかと思うのですが、吉秋さんいかがですか?(笑)
吉秋 そうですね、意識している大きな思想・設計は同じだと思います。中村さんが言うような社会的な状況はもちろん、事業の状況によっても“届けたい価値・体験“が大きく左右されるものです。なので理想のUXにたどり着けるか、という問いに対しては、「たどり着けるように改善を重ね続けます」というのが正直な回答ですね。
中村 なるほど。「みてね」でも、あらゆる家族のかたちに対応できるよう常に改善を重ねているんです。家族向けのサービスといっても、いわゆる核家族だけでなく、今はそのあり方も様々です。同性同士の場合もあるし、必ずしも血の繋がりを必要とはしませんよね。社会がアップデートされれば、私たちの作るもの、サービスがつくる体験もアップデートしないと意味がない。だから、回答としては私も同じく「その時代にあった最適なUXを模索し続ける」という感じでしょうね。