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「minimo」事業責任者が人事部長へ。 思いがけない変化もチャレンジとして楽しむ。

ミクシィグループに入社して10年以上、プロデューサーや事業責任者として活躍してきた太田は、2017年4月に人事部長に突如就任しました。自身も想定していなかった就任について、これまでの歩みとともにどのように考えているのかインタビューを実施しました。

「オラオラ系」から謙虚に生まれ変わった日

 

━━━━ミクシィグループに入社された経緯から聞かせてください。

入社前は音楽配信事業の立ち上げや会社経営に携わっていたのですが、その経験を活かして友達と一緒に音楽を楽しむ「ソーシャルミュージックサービス」をSNS『mixi』で展開したいなと思ったからです。サービスを創っていく過程は苦労しながらもとても楽しかったのですが、人生における三大地獄の1つをここで経験しています(笑)。

━━━━三大地獄(笑)。他の2つも気になりますが、それはなぜですか。

ローンチから華々しくやろうとしすぎて、大コケしたんですよね。今だから言えますが、ローンチ1ヶ月前の時点でまだ音楽が再生できないという状態でした(笑)。エンジニア陣を中心にほぼ毎日泊まりで開発し続けてくれたのですが、目標のローンチ日に開始できなかった事により、レコード会社、広告クライアント、代理店の方々などに多大な迷惑をおかけしたのと、エンジニア陣からも当然ですが考え方や進め方の改善を要求されました。

━━━━なるほど。語る姿が辛そうです。

あと当時入社してきた上司に「太田、それ絶対失敗するよ」と言われ、「見てろよ」と思っていたのですが、実際にサービスを開始してみると計画より全然数字が伸びない。一方で上司が進めていた事業は、指数関数的に数字が伸びていく。ソーシャルの力を引き出すとこういった伸びになるのか、というのを目の前で見せつけられました。多くの人に迷惑をかけてしまったのと、この上司がいつも熱心に語ってくれたのもあり、「この人から色々学ぼう」と謙虚な人間へと生まれ変わりました。

ああ。今思い出しても多くの人に申し訳ないという気持ちでいっぱいですね(笑)。

━━━━そのような経緯があったのですね。

20代前半で赤字の会社を黒字化したり、取締役になったりとか「俺の言う通りにしてれば大丈夫」みたいなちょっとオラオラ感があったと思うのですが、失敗したことで持っていた自信は一気にズタボロに。謙虚になるしかないですよね(笑)。

━━━━その後は何を。

SNS「mixi」のサービス部門にて主にマネジメントをやっていました。ただマネジメント中心になっていく中で少しずつ「やりがい」がなくなるという初めての状態に陥りました。悩んだ末に部長のポジションも一旦降りて、再起を図るために苦悩した時代でしたね。ただ「やりがい」を持つ事の重要さに気付く事ができました。その後は新しいチャレンジとしてC2C事業の立ち上げをしたのですが、やっぱりサービスを創るのは楽しいなと心から思うようになりました。


 

━━━━なるほど。今度は「minimo」の事業責任者になるまでのいきさつについて教えてください。

複数プロダクトを管轄する立場になり、伸びないサービスをクローズ判断していく中で、最後に残ったのがまだリリースしていない「minimo」でした。その時の「minimo」は担当エンジニア1人だけの状態になっていたのですが、話してみると不満を言うこともなく「とにかくサービスを世の中に出したいですねー」と一貫してポジティブで。そのエンジニアのポジティブな姿勢に対して「じゃあ僕もフルコミットしよう」と腹をくくりました。その事を代表の森田に伝えると「『minimo』はうまくやれば伸びると思うよ」と言ってくれて、嗅覚の鋭い人のセリフなので信じてみようと心の支えになったのも大きかったですね。

━━━━なるほど。ポジティブなエンジニアの存在が始まりだったのですね。

本当そうですね。やらされ感で開発していたなら僕の心は動かなかったと思います。『minimo』にフルコミットすると決めてからは、サービスのコアバリューを磨いて、収益モデルをどうするかなど事業戦略を考えて実行していきました。課金を開始するタイミングがサービスを続けられるかどうかの分水嶺だったのですが、一旦利用者が減ったあとはすぐ伸びて「これはイケるぞ」と確信を持てました。

━━━━その後順調に成長し、初めての全国CMも展開して、成長のドライブをさらにかけるタイミングで人事部長への就任でした。どのようないきさつがあったのでしょうか。

当時まさに来年度の事業計画を作り終えた翌週ぐらいに経営戦略合宿(役員ごとにチームを形成し、組織課題や新規事業案を提案し、社長が意思決定する合宿)があったのですが、ある役員チームから「これまで森田さんが代表と人事部長を兼任してきましたが、現状の会社規模を考えると専任で据えるべきだ」と提案されました。当然よい提案なので実際に採択されたのですが、誰が就任するかという点について社長から「人事部長 太田」と発表がありまして。

━━━━床に転げ落ちてましたね(笑)。衝撃のあまりにですか?

ええ。実は数年前に人事をやってみないか打診された時に「自分はサービスを創り続けたいから」と断っていたのもあり、自分はないと思って完全に安心して聞いていたので。

その後は「どう断ろうか」と頭が真っ白になりつつも、まずは真剣に考える時間は設けようと思いました。そのうえで人事部長をやろうと思える「やりがいスイッチ」が入らなかったらお断りしようと考えていました。

━━━━一転、スイッチが入った。それはなぜでしょう。

よくよく整理して考えてみるとminimo事業部においても、サービスを成長させるだけでなく、人やチームの成長にもこだわってきました。たくましい成長をとげるメンバーもいましたし、事業も成長しました。

全社レベルで人や組織の成長にこだわってアクションできるのは面白いんじゃないか、やりがいが大きいのではないかと考えると一気に「やりがいスイッチ」が入った感じですね。minimo事業部も僕が抜けた方が個々の成長機会が増えるだろうなと。

いずれは再びサービスにチャレンジ

━━━━少し話が変わりますが、太田さんのキャリア観について教えてください。

キャリア観より人生観を重視しているのですが、自分が死ぬ時をイメージして「多くの人に喜ばれるサービスを創り続けられた人生だったな、と思って死にたい」と考えています。なのでいずれまたサービス創りをやると思います。ただまずこの2年間でしっかり人事にコミットして取り組む。その中でまた新しい考え方やスタイルを見つけられる気もしています。

━━━━ちなみに過去転職を検討されたことはありますか。

転職よりも起業を考えた事は過去にありますね。最近は資金調達もしやすいので。だけど先ほど話した「多くの人に喜ばれるサービスを創り続ける人生でありたい」を叶える最高の環境なんですよね、ミクシィって。潤沢な資金に有能な仲間達、そしてチャレンジさせてくれる経営陣と組織風土。事業やサービスを創りたい人にとっては最高すぎる環境。また新しい事にチャレンジできる組織風土は多くの人に変化もあたえられるし、みんなが刺激を受けて楽しめると思います。

━━━━どういうことでしょうか。

チャレンジによって変化のある環境は新陳代謝も起きやすく、純粋におもしろいと考えています。それによって複数のチャンスがあふれていますから。自分達で自分達を活かす機会を創れるっていいですよね。自分の能力を活かせるポジションや子会社の責任者など、1人1人が取り組んでみたいことを実現しやすいですし。そして失敗しても意欲があればまた打席に立つことができる。もっとチャレンジする人と機会を増やせる組織にすることも今の僕の役目ですね

太田 雅登
音楽配信事業の立ち上げや会社経営を経て、2007年2月に株式会社ミクシィに入社。ソーシャルミュージックサービスなどの立ち上げやサービス部門のマネジメントに従事。minimo事業責任者として立ち上げからサービスを大きく成長させた後に、2017年4月より人事部長。
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