会社のコト 働くヒト お知らせ・ご案内 その他

2019/06/06

29歳まで“空白の7年”がある、元CFOで事業責任者の今 執行役員 荻野泰弘 前編

ミクシィグループは、2018年4月より執行役員制度が立ち上がり、現在13名の執行役員がいます。それぞれの専門領域もしくは、事業担当領域の執行に責任を持ち、事業や組織の運営を担っています。各執行役員の、キャリア、仕事観、事業ビジョン、組織体制など赤裸々に語るコンテンツとしてシリーズでお伝えしていきます。

二回目は、ミクシィグループのCFOを過去に務め、現在はスマートヘルス事業の責任者である執行役員荻野泰弘について。ミクシィグループ入社の経緯や築いたキャリアなどを前編で迫ります。非常に稀有なキャリアを歩んで来た荻野がなぜスマートヘルス事業を推進しているのか、インタビューしました。
※後編はコチラ

■上場企業の役員になるまで

【学生時代から続けている個人トレーダーとしての顔】

私の大学時代は、インターネット黎明期より前。20~30代前半の方はご存知ないかもしれませんが、「パソコン通信」の時代です。秋葉原でパーツを購入し、個人でPCを組み立て、モデムにコマンドを打ってパソコン通信にアクセス。フォーラム(※「コミュニティー」と呼ばれる趣味・話題を共通にする集まり)に入って、色んな人との交流を楽しんでいました。そこで通信で人とつながることの面白さを知ったと思います。また、PCの仕組みや通信の仕組みについては、それによって学びました。

ある時、株式投資の話題がフォーラムのオフ会で持ち上がりました。「ストックオプション」「チャート」など聞きなれない言葉が並び、「そんな世界があるのか」と非常に興味が湧いたのを覚えています。株式投資をやりたいと思っても、知識も経験もありません。当時はネットがまだ発達していませんから、情報の取得は基本的にアナログです。しかし、学びたい欲求が強かったため、会計の学校にダブルスクールで通い、簿記1級の資格を取得。本屋や国会図書館などで官報や有価証券報告書を読みながら、株式会社の仕組みや会社経営とは?を学んでいきました。株式投資をするためには、会社の経営状況やビジネスモデルを深く理解する必要がありますから。それはもう必死で勉強しましたね(笑)。会社経営の基礎を徹底的に学んだ時期だと思います。知的好奇心が駆り立てられたといいますか、無我夢中でした。

それから、個人トレーダーとして明け暮れる日々が始まります。様々な会社の財務状況や事業成長性を、トレーダーとして徹底的に分析し、成長の兆しがある企業への投資活動を実施していました。それが、大学時代から29歳まで続きます。そのため、いわゆる就職活動を学校卒業時に一切していません。

この投資活動と同時に興味がわいたのがインターネットの世界です。昨日できなかったことが今日できるようになっている、という日進月歩を目の当たりにしてきました。余談ですが、学生時代秋葉原でPCパーツを購入していたときに、大手価格比較サイトの誕生などもリアルタイムで見ていましたから。世の中が大きく変化していくのを実感していましたね。

 

【役員抜擢とその理由】

30歳も近くなったころ、「このまま引きこもりのような人生でよいのか。」と、社会に出てみたいという欲求が出てきました。それまで、漫画喫茶で相場を見て1日過ごす日々でしたからね(笑)。それからどこに就職するかを検討。投資先の一つであったマクロミル社の事業に対して個人的に魅力を感じていたため「事業が魅力的なので一度お話させてもらえないでしょうか。」と面接依頼を送りました。

会社に行ってみると会議室には役員が待っており、株の話で大いに盛り上がりました。その3日後には創業者が会ってくれるという事で再度会社に呼ばれ、面接開始5分後に「採用」のひとこと。無事採用され、就職活動は3日で終わりました。今でも強烈に印象に残っているのは、入社初日、まだ社員証も発行されていないのに、役員に朝イチで企業買収のミーティングの場に呼ばれたことですね。当時の役員から「◎◎という会社の買収を検討しているけれど、妥当なバリュエーション(買収金額)を提示してほしい」と依頼されたのでその場で提案したところ、役員の想定額と一致したようで、それから企業買収の責任者として任せてもらうことになりました。半年後にはゼネラルマネジャーへ、1年後には執行役員CFOを任命されました。その他、企業買収などのデューデリジェンス、IRや財務管理、海外での戦略子会社の設立など、様々な経験を積みました。役員まで抜擢されたのも、これまでの投資活動で財務状況やビジネスモデルの分析を自分なりに行い、知見のベースがあったためではないかと思います。それを評価してもらっていたのではないかと。

それから新しいキャリアを磨くために、当時スタートアップだったジェイマジック社に入社を決意。理由は、ジェイマジック社が考えていた画像解析の技術と将来のビジネスチャンスを感じたからです。当時から、画像解析を応用したビジネスは、万国共通で認識・理解が一瞬ででき、言葉や文字の壁を一気に越えるため、大きなポテンシャルを秘めていると感じていました。そこで上場を目指し資金調達を中心に動いていましたが、リーマンショックが起きます。広告モデルだったサービスはもろに影響をうけ、会社の存続をかけた大きなピンチを向かえます。

 

【ミクシィグループへのジョイン】

毎日のように会社の銀行預金残高とにらめっこをしながら従業員への給与支給や取引先への支払いのやり繰りをしていて、もうこれ以上はだめだと思ったことも正直ありました。当時は朝起きるとパジャマが絞れるくらい寝汗をかいていましたね。そんな中、ふと空を見上げると、空が青くて…。今思うとセンチメンタルでもありますが(苦笑)。苦しかったですけど、「まだやれる」と思ったんですね。そして会社で働いてくれていた従業員の転職先も全て決まり、算段がついたタイミングで、ミクシィにジョインする話が浮上しました。

当時ミクシィでは、「ミクシィファンド」が立ち上がったばかり。そこでこれまでのキャリア・経験から様々な企業への投資活動を行う責任者として任命されました。業務は、スタートアップへの投資だけではなく、ミクシィがソーシャルをキーワードに事業展開をしていましたので、ソーシャルアド、ソーシャルアプリ、ソーシャルコマースなど複数の戦略のためのジョイントベンチャーの立ち上げなどを行っていました。

ここでの全ての経験が大きな財産になっているのですが、印象的だったエピソードを一つ。投資と経営をサポートしているある会社の資金がショートしそうになっている状況でした。画像関連のソーシャルアプリをだしたものの、拡大しない。そこでアプリの各種機能を極限までそぎ落として、アジア圏でサービスを展開したんですね。するとみるみる大ヒットに。事業として戦うプロダクトをいかにして作っていくか、また、戦う場所をどこにするかというので、これほどまでに成果が違うものなのかと、戦略の重要性を肌で感じた出来事でした。

 

【CFO就任…しかし。】

2011年の終り頃、ある会社のデューデリージェンス(買収企業の価値評価)に立ち会うためにシリコンバレーに行く機会がありました。その前日に当時CFOだった小泉さん(現メルカリ社 代表)からいきなり「CFOを受けてくれないか」と打診が。往復の飛行機の上でも西海岸のホテルの中でも自分に何が出来るのかを考え抜きました。そして今までの自分の経験を活かして会社に貢献出来る余地は十分にあるのではないかと決意し、そこからコーポレート部門全体を統括する立場になりました。

2012年の6月に取締役CFOとして任命されましたが、会社の成長曲線としてはピークを迎えた感もあり、このままでは減少し、存続の危機に陥る可能性もある。会社としては、売上向上とコストダウンにより注力した時期。売上施策には、ユーザー基盤とビジネス基盤の強化、既存のサービスにとらわれることなく新規事業を生み出す仕組みづくり。コストダウンにおいては、データセンターの調整やSNS「mixi」のアドプログラムの改善などで対応していきました。また、新規サービスを生み出していけるような社内体制を整えるために開発スタッフの強化や、一部の事業移管におけるビジネス条件の交渉のリードなど、タフなコミュニケーションが求められる仕事を多く担当しました。また、社内体制をリビルドする必要もありましたから、外部から役員の招へいなども行っていました。

役員との認識のすり合わせ、社内での調整、社外との交渉、全てが高い難易度を求められるタスクでしたが、会社として厳しい状況に変わりはありませんから、とにかくやり抜くしかありません。前職で資金がショートしそうになった状況と似てはいましたが、多数の仲間もいましたし、チャレンジできる環境もありましたから、たとえダメになったとしても最後までミクシィと付き合う覚悟でした。過去に苦境を乗り越えた経験があったからこそ、会社を支えるためにできることは何でもやろうという強い意識でした。そんな我慢の時代を過ごしている時に産声をあげたのが「モンスターストライク(※以下モンスト)」。2013年10月の出来事です。

 

【前代未聞、広告投資のための資金調達】

2013年11月の決算期は上場後会社としては初の赤字を計上した中ではありましたが、「モンスト」がすさまじい勢いで成長していました。経営として予断を許さない中ではあるものの、投資家には「モンストで会社として再浮上するから、会社を信じてほしい」とコミュニケーションをスタート。というのも、会社の起死回生になるという確信を持っていたから。詳しく言うと、SNS「mixi」のサービス初期と同様に、「モンスト」ユーザーの伸びが指数関数的な拡大を見せ、成長のスパイラルに入ったと思ったからです。

「モンスト」が拡大を見せつつある中、より成長させていくために2014年の3月からTVCMでの積極的なマスプロモーションを仕掛ける話が社内で浮上しました。仮に月5億円のTVCM予算を年間で実行するためには、概算で60億円の資金が必要です。会社は赤字ですし、資金が潤沢にあるわけでありません。しかし、非常に苦しい時期に次のチャレンジを生み出す布石を打つのが、CFOの役目。だからこそ、2013年12月頃からマーケットからの資金調達を検討し始めました。

とはいえ、広告を実施するまでたった数か月。その間で、公募で投資家に納得して投資してもらうための判断資料を整え説明する必要があります。過去の財務分析から今後の事業計画、プロダクトの成長性など。いうなれば、3ヶ月で上場準備をするような無謀ともいえるチャレンジでした(苦笑)。

最終的にはプロモーション費用にかかる資金調達を実現できました。CFOに就任してから、様々な投資家やファンドと、財務状況や事業進捗について丁寧な説明を地道に重ねて、リレーション構築に努めていたため、マーケットから信頼を得られていたのかもしれません。ちなみに個人的に新しいチャレンジだったと思っているのは、この資金調達が広告宣伝費のためだったこと。通常の資金調達であれば設備投資といった資産を買うため。当時はサービスを宣伝するための資金調達は、日本において前例がない出来事でした。

次に安定した経営を実現するために、海外投資家の出資比率を向上させるプロジェクトをスタートしました。中長期的に会社を応援してくれる海外の株主を増やすことで、継続的な安定経営を目指せますし、今後グローバルにサービスを展開する場合に、「ミクシィ」の存在をアピールしていく狙いもありました。結果、10%以下だった海外投資家の株主構成比率が約40%へシフトしました。

 

【3兆円企業を目指すため事業を生み出す立場へ】

2017年の春、経営合宿のタイミングで「荻野さんも何か事業プランを提案しませんか」と当時の代表から新規事業プランを提案する機会をいただきました。といっても、これまでコーポレート部門専任だったため、サービスを作ったことはありません。正直、「はて、どうしたものか」と(苦笑)。木村さんや笠原さんなど社内には素晴らしいアントレプレナーがいる中で、自分がやるからにはこれまでのミクシィグループになかった領域で事業を検討していくべきだと考えました。

まず「永続的に成長し続ける事業領域」×「明日無くなったら困るサービス」と二つの軸で検討を始めました。この軸を検討した背景には、海外の世界的な投資家とディスカッションをしていく中「ミクシィの時価総額が3兆円を超えるのはいつになるのか」という声があったからです。ネット業界で実現できているのは、海外では、Amazon、Google、Facebookなど。国内は皆無に近い。「それならば」ということで、時価総額3兆円超えを実現している企業を分析した際に私が辿りついた結論が、「永続的に成長し続ける事業領域」×「明日無くなったら困るサービス」と二つの軸を持った会社こそが、時価総額3兆円に辿り着けるという仮説だったので、その軸を検討しました。

そのビジネス規模を実現するためには、まずは日本で顕在化している社会的課題を解決する必要があると考え、「高齢化社会」をテーマに据え、経営合宿で事業計画をプレゼンしたところ承認され、事業化が決定し、進めていくことになりました。

 

【ステップバックにはなるが…】

事業化が承認されたからには、私自身、事業へフルコミットするつもりでしたから、CFOと取締役の退任の意向を当時の役員陣に伝えました。経営状況からもバトンタッチのタイミングとして丁度良いと思っていましたし、キャリアとしてステップバックに見えるかもしれませんが、事業計画を練っている最中に事業のポテンシャルを高いと感じており自信もありましたから、ぜひやりたいと。タイミング悪いことに、ちょうど同じこの時期に、米国金融専門誌「Institutional Investor」が発表した「All-Japan Executive Team rankings」において「BEST CFO」に選出してもらう、という栄誉をいただきました。役員陣にしてみると「やっぱり荻野さんはCFOやり続けて!」と言いたかっただろうという事は想像に難くないです。そんな中でもチャレンジを認めてくれた役員陣には心から感謝です。

ちなみに、事業経験が乏しい私が新規事業にチャレンジし、会社に価値貢献できるかは未知数でしたから、自身の処遇について「G1等級(新卒社員としての待遇)で雇用してくれないか」と役員陣に打診したのですが、「責任ある立場でやってほしい」と断られたのはここだけの話です(笑)。

 

■仕事観

【自分の存在価値をとにかく磨く

これは、私が変わったキャリアを歩んできたから思うのかもしれませんが、オンリーワンの考えを重視しています。「〇〇さんより頑張っているのに、なぜ評価されないのか」など考える相対比較よりも、自分自身の価値をいかに見いだせるか、そこに存在意義があると思っているからです。このような考えに至ったのも、過去の役員会議において、私でないとできない着眼点や発想で提案し、発言する責任があると痛烈に感じた経験があったからです。

ちなみに、各年代毎に何を大事にしていくべきかは変わると思っていて、「キャリアはVSOPだ」と思っています。

「20代はVitality(バイタリティ)」・・・20代はがむしゃらに。多彩な仕事や同僚、世界に触れ、色々な事を経験する。「自分にはこれが向いているはず」という思い込みや、「興味が無いから手を付けない」という考えは捨てること。

「30代はSpeciality(スペシャリティ)」・・・30代は20代で触れた様々な経験の中から、自分を最も活かせる分野を絞り、その分野で専門性を高め、自分が何者なのかを明確にすること。

「40代はOriginality(オリジナリティ)」・・・40代になったら専門性だけでなく、常に自分にしか出来ないこと(オンリーワン)を追求する。自分ならではの経験や思考回路に立脚した、他人には出来ないアウトプットを行い、自ら何かを生み出していくこと。

「50代はPersonality(パーソナリティ)」・・・50代になったら最後は人間力の勝負。「あの人と仕事がしたい」「あの人の会社で働きたい」と思ってもらえるような人格を身につけること。

株式のトレーディングを通じてがむしゃらに多彩な企業や世界に触れた20代。CFOとして財務管理やIRの専門スキルを磨き、ベンチャーでのチャレンジや海外投資家とのディスカッションを通じて専門性を高めた30代。そしてちょうど40歳を機にスタートしたフルマラソンへの挑戦。これは、自分の精神を強く保ち企業経営をやり抜く為に始めたんですが、体を鍛えていたことで、海外投資家から「エネルギッシュでセルフマネジメントができている」と、好印象で受け入れられました。フルマラソンを3時間半で完走するCFOなんてそうそういないですし(笑)。たまたまではありますが、マラソンやトレイルランを通じて得た自身の体験や、それらを通じて繋がった人脈、「身体は鍛えるより先に整える」という考え方が、今手がけている「ウェルネス」の事業領域へ足を踏み込むきっかけにも繋がっています。この40代で手に入れた「CFO ✕ ランナー」というオリジナリティと、事業プランの検討が交差してできたのが現在の「ウェルネス」の事業領域です。

※記事内容についてはインタビュー時点のものです。
※後編は事業領域についてインタビューします。

 

– – – – – – – – –  ※※※ - – – – – – – – –

■ pick up! ■
勤続10年から見えた、キャリアと人生を豊かにする働き方。 執行役員 根本悠子 前編
「成功体験に寄りかかる」を破壊せよ。 木村弘毅の経営論