“コードを書く仕事”を飛び越えたい。エンジニアの新たなキャリアを探し求めた3年間。

“コードを書く仕事”を飛び越えたい。エンジニアの新たなキャリアを探し求めた3年間。

「エンジニアはコードを書く仕事だけじゃない」。そんな理想のエンジニア像を実現するため、奮闘してきたエンジニアの小林。2017年に新卒のエンジニアとして入社し、現在はスポーツギフティングサービス「Unlim」を支援する事業部の企画マネージャーとして、キャリアを歩んでいます。社内でどんなキャリアを歩んできたのかについて、語ってもらいました。

 

専門性を究める道には進みたくなかった

────まず小林さんの学生時代について伺いたいのですが、どんなことに力を入れてきましたか?

僕は大学に通いながら、フリーランスとして仕事をしていました。スタートアップの立ち上げから参加し、サービスをゼロイチで作るフェーズから関わるケースが多かったですね。サーバサイドの開発が大半でしたが、ときにはオフィス開設から参加してプロジェクターを天井に設置したり、また異業種交流会などのイベント運営に携わることもあったり。結局、勉強よりも仕事のほうが面白くなって、卒業が遅れてしまったんですが(笑)。

────なるほど(笑)。貴重な経験を積まれてきたんですね。大学卒業後、ミクシィに入社したときはどんな仕事をしていましたか?

新規サービスの開発に携わっていました。チーム内では担当が細かく分かれていなかったので、サーバからクライアント、インフラまで一通り開発していました。

────このときはどんなキャリアを望んでいたんですか?

「○○というサービスのサーバサイド開発者です」というキャリアは想定しておらず、開発だけでなく企画などにも幅広く携わってみたいと思っていました。ですが、配属後のチームではそういった前例がなかったので、「それなら、企画チームに来る?」という話をいただいたのですが、企画専門になるのもちょっと違う気がして…。サービスを作る上で自分がバリューを発揮できる最適なポジションに就きたいと思っていました。

────そう思うようになったのは、学生時代の経験が大きそうですね。

そうですね。スタートアップの立ち上げに携わり、色々な仕事を担当させてもらえたという経験があったからだと思います。エンジニアは“コードを書く人”というより“ソリューションを提供する人”。僕は広い意味でエンジニアという職業を捉えていたので、コードだけを書くつもりはありませんでした。

サービスを作って、世の中に届けて、世の中を変えていくというのが、僕の仕事の目標だったので、サービスを生み出すために必要なことであれば、何でも挑戦してみたいと思っていました。

────一般的にエンジニアのキャリアというと、専門性を究めていく道があるかと思いますが、そういう方向性は選択にありましたか?

ある技術において秀でているエンジニアって、本当にすごいわけですよ。業界でも有名な人もいっぱいいる。学生時代にも、周りにはRubyのコミッターとして活躍する優秀な技術者もいました。こういう環境にいたからこそエンジニアのキャリアイメージというのは、“専門性が高くて名が知れている人”だと思っていました。しかし、僕は専門性を磨くということに魅力を感じられなかった。「そういう風にならないといけないのかな」とずっとモヤモヤしていて、そのキャリアを前向きに捉えられない自分をコンプレックスに感じていました。

僕はプロダクトを作っていくパートの一つとして開発スキルを持っている、と考えていたので、別にエンジニアと言わなくてももはやいいのではと思っていました。でも、自分の理想とするエンジニア像が世の中に存在するのか分からなかったし、仮になれたとしても大成するキャリアイメージとして描けるのかが分からなくて。

────そうだったんですね。

そうこうしている間に、担当しているサービスのクローズが決定し、異動を余儀なくされる状況に。これから社内に自分のキャリアを実現できる場所があるのだろうかと、異動先もかなり悩みましたね。

────正直な話、転職は考えなかったですか?

うーん、そうですね。転職という選択肢がなくはなかったのですが、何かを成したという実感ができたら動く、というポリシーがあったので転職はしませんでした。転職をしたところで何も解決しないし、自分が納得できる仕事が経験できるまではここで頑張ろうと。

 

希望する異動先が見つからず、とった行動とは

────なるほど。異動の際はmcc※ですか?

いえ、社内のポジションのリストが配られたのですが、あまりピンと来ませんでした。さっきもお話したように、僕は「○○というサービスのサーバサイドエンジニア」という仕事に就きたいわけではなかったからです。

異動の件で、取締役CTOの村瀬さんとの面接の機会があり、そのときに正直な気持ちをぶつけてみました。「エンジニアの仕事って、このリストの中から選ぶものなんでしょうか」と。「日々、色々な仕事を兼務して、せわしなく動き回っているエンジニアはいますか?」と質問したら、「いますよ。私がそうです。それなら、開発本部で社内全体の事業に関わってみますか?」と声を掛けていただいたんです。

※mcc:「ミクシィ・キャリア・チャレンジ制度」の略。部署毎に求人を掲載し、メンバーは、所属上長への相談や許可がなくても求人に応募でき、条件に合致すれば社内異動が実現する。

────開発本部ですか。

はい。各サービス・プロダクトごとに活躍するエンジニアチームとは別に、開発本部というチームが存在します。例えば、技術選定やプロジェクトの進め方、採用など、現場で活躍するエンジニアが決断に迷わないようにフォローしたり、各プロジェクトにおいてシステム面の手助けが必要になったときにサポートしたりなど、事業部に大きな効果がもたらされるように支援していくチームです。横断的にサービスに関われること、さまざまな仕事が経験できることに魅力を感じました。

────ここではどんな仕事を?

新規のアプリ開発と、スポーツ事業に関わっていました。割合としては7:3くらい。新規アプリ開発ではアプリディレクターという立場で、外部の協力会社とシステムやデザインについての話し合いをしながら作り上げていきました。

 

サービス開発に必要な仕事なら、何でもやる

────ディレクターということは、コードを書く仕事は減っていたんですね。

そうですね。新規事業を軌道に乗せるために、ゴールを見据えた上で何が必要なのかを考え、全力で推進していくという風に動いていました。そしてアプリが一通り完成したタイミングで後任のディレクターが来たこともあり、アプリ開発から離れてスポーツ事業をメインに担当することになりました。

────スポーツ事業はどんなフェーズから参加したんですか?

具体的な内容が決まっていない段階でした。現在に至るまで、3~4回コンセプトが変わって作り直して…。かなり紆余曲折ありましたね。

────そうだったんですね。どんな変遷を遂げてきたんですか?

もともとはITと関係ない構想から始まり、徐々に選手のプロフィールアプリを作ろうという方針になったのですが、そこからさらに発展させて選手やクラブを応援できるギフティングサービスにしていこうと。“アプリを作る”から、“インフラを作る”方針になり、より広い概念に変わった感じですね。

スポーツは確立されたエンターテインメントです。スポーツのすごいところは、お金を払う熱量を持つ人が一定数いますし、で、スポーツへの熱量は絶えない。流行り廃りも関係ありません。スポーツメディアの記事を読んで心を動かされた人だって無数にいる。であれば、競技や選手を応援する仕組みができるようになったらおもしろいのではないかという話があって、スポーツギフティングサービス『Unlim(アンリム)』(※)の構想が生まれ、ミクシィは開発・運営を支援することになりました。

※『Unlim』は一般財団法人アスリートフラッグ財団によるプロスポーツクラブやアスリートを新しい形で支援するスポーツギフティングサービス。2020年2月19日よりスタート。

────現在は、どんなポジションを担当されているんですか。

企画マネージャーとして、サービスとしての戦略立案から企画ディレクション、プロモーション企画、組織マネジメントを担当しています。初期はコードも半分くらい書いていましたね。

チームやサービスについて、多角的な視点から捉えられるように

────いわゆるコードを書くエンジニアとしての枠を超えて、より幅広い仕事に携わるようになった心境はどうでしたか?

シンプルに視野が広がったと思います。開発、デザイン、企画、それぞれのチームが何にコミットしているのかという違いが見えてくるようになりました。例えば開発チームだけをよりよい組織にしようと思ったら、開発速度を上げようとか、コードの品質を上げようとか、まずプロセスの最適化に取り組むことになると思います。一方プロダクトチームとしてみると、開発と企画とデザイン、それぞれが連携してアウトプットをしなければいけないので、個別のプロセスの最適化だけが重要ではないと気づくことができます。もちろん最適化は大切ですが、要は周りのチームがその最適化したスピード感に追いついていないと摩擦が起きるので、あえて足並みを揃えることも大事だなと。組織のバランスを取るというか、お互いのチームの目線を合わせる重要性が理解できるようになりました。

────全体の最適化を見据えたプロジェクト推進が実現できるようになったのですね。

また、プロダクトの伸びしろを広げる体制作りにも力を入れるようになりました。例えば、ローンチ日が決定したとすると、逆算してスケジュールを引くことが必然的なディレクションになると思うんですよね。言われたことを言われた通りに期限内に作る。それはそれでいい面もありますが、その計画を作った人が思いついたことがプロダクトの伸びしろになってしまう。特に『Unlim』はインフラとなりえる可能性があるので、広がりが無限にあることをみんなに意識してほしいと思っていたんですよね。ただ、関わる人数も多くなってくると、みんなで話し合って何をやるかを合意することは難しくなってきます。ですが、なぜやるのかに納得してもらうことはできると思っていて、つまり“HOW”ではなく“WHY”のところはちゃんと認識を合わせられるかなと。新しいものが生まれる予感がある組織作りは、特にサービスのローンチ後からは心掛けています。

────なるほど。ちょっと意地悪な質問ですが、専門性を究めるエンジニアとしてのキャリアを選択しなかったことについてはどう考えていますか?

悲しいと思うことは一切ないですね。もちろん、コードと向き合う楽しさも知っているので、やっぱり自分が書いたものが正直に出てくる面白さは、エンジニアという仕事ならではだと思います。誤解を恐れずに言うと、正解・不正解が分かりやすいのでラクなんですよね。コードに向き合う機会が減ってしまったことが残念ではありますが、キャリアとしての未練みたいなものはないです。プライベートではコードを書くこともありますし。ディレクターやマネージャーとして働く中でむしろできることが広がったし、自分の殻を破れた手応えのほうが大きいです。

 

“新しい文化を作る” それが20代で成し遂げたい目標

────今後の目標やキャリアプランについてはどうですか。

僕が目標としているのは、世界を変える、ということ。その方法として、チームで成し遂げたいと思っているんですね。『Unlim』は世界を変えられるプロダクトだと思っているので、まずはそれを目指しています。

────世界を変える、とは?

そもそもギフティング自体が新しいと思っています。というのも、日本において困っている人への募金のような文化はあっても人にお金をあげる文化というのはほとんど根付いていません。例えば、自分が普段受け取っている気持ちとか、鼓舞されるものに対して、応援する。その応援の表明として、お金を払うというスタイルがもし定着したら、それは世界が変わったと言えると思います。できれば20代のうちに、ギフティングの文化を根付かせるためにやり切りたいと思っています。

――最後に、ご自身の希望するキャリアがミクシィで実現できているかについて聞かせてください。

僕は村瀬さんを始め、色んな人に助けられて今があるので、ミクシィは人に恵まれた環境だと思います。それが会社のいいところで、「こういうことをやりたい」「こういう風にやりたい、そのために全力を出すんだ」という人がいたら、年次や年齢、職種に関係なく、必要なポジションや裁量を与えてくれる。だからこそ、これまで自分の可能性を引き出せるキャリアを選択できたと考えています。

スポーツギフティング部 企画G マネージャー 小林 裕
2017年、ミクシィに新卒として入社。ミクシィのグループ会社が展開するサービスのサーバサイド開発に従事。2018年1月開発本部に異動。様々な新規事業の開発サポートを手掛ける。2019年7月にスポーツギフティング部が新設され、企画グループマネージャーに就任。現在『Unlim』のサービス企画や戦略立案を行う。

 

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