マーケから組織開発へキャリアチェンジ。どこでも通用するスキルを身に付けたい

マーケから組織開発へキャリアチェンジ。どこでも通用するスキルを身に付けたい

中途でミクシィに入社したあと、PRから組織開発へと大きくキャリアチェンジした野村は、業務としての経験はまだ浅いものの、これまでに培ってきたコミュニケーションスキルを活かして早くも活躍しています。今回は、野村が感じている組織開発のやりがいや将来の展望について聞いてみました。

 

好きなことに没頭する中で見つけた、サポートすることの魅力

──早速ですが、ミクシィに入社までの経緯を教えてください。

野村 ミクシィには2019年1月に中途入社したので、もうすぐ入社して2年になります。前職は、新卒で入社したカメラを扱う大手精密機械メーカーです。実は僕は、昔からずっと大のカメラ好きで、高校生の頃から本格的にカメラに触るようになり、立教大学 現代心理学部 映像身体学科に進学して、映像を専攻しました。表現を学ぶ学科なので、周りにはダンサーや役者志望の方がいましたし、友人もカメラマンやアートディレクターなど色々な表現活動に取り組んでいる人がいます。 

──撮影する側ではなく、機材を製造・販売する側だったのですね。

野村 進路を決める際には、カメラマンのほかにも、映像ディレクターやプロデューサーなどの選択肢もあり迷っていました。一方で、周りには狂ったように映像制作に取り組む友人がいて、「好き度では彼らに勝てない」「自分はそこまで熱中できないのではないか」「途中で心が折れてしまうかもしれない」と諦めのような気持ちも感じていました。
そこで、優秀な人材にカメラをはじめとする機材を提供することで、より良い映像を制作する支援がしたいと考え、結果的にカメラメーカーに入社したというわけです。

──具体的にはどのような業務を担当されていたのでしょうか。

野村 入社当初は営業部に配属され、シネマカメラという映画を撮影するためのカメラやレンズ、ディスプレイの販売をすることからスタートしました。その後、プロモーション企画を行う部署に異動になり、最後は新規事業を担当しました。新規事業は、カメラの技術をほかの産業に応用するものが多かったですね。入社してカメラに関する知識は身に付けられましたが、会社は表現やクリエイティブの追求ではなく、技術を産業へ応用する方向に舵を切っていき、転職を検討するようになりました。

──転職先の候補としてミクシィがあがったのは、どうしてだったのでしょうか。

野村 まず、エンタメになにか関わることがしたいという強い思いがありました。それから、前職は総合職での入社だったので、社内の部署を転々としていて幅広い経験を積めましたが、「一つの職種を極められない」というデメリットも感じていて、どんな会社に行っても役立てられるスキルをきちんと身に付けられる場所が良いと考えていました。そして、若手でもマネジメントを経験できる会社であることも重要なポイントでした。そのうえで、せっかく転職するなら私服で働ける会社が良い、今度はハードウェアではなくソフトウェアを扱っている会社にしよう、スポーツ事業に可能性を感じていたので、スポーツ事業をやっている会社が良いな…と条件を絞り込んでいくうちに見つけたのがミクシィでした!ミクシィのミッション「フォー・コミュニケーション」にも共感して、スポーツ事業部に応募しました。

──前職の環境からガラリと変わる大胆な決断をされたのですね。

野村 そうですね。ところがスポーツ事業部の採用選考には、エントリーシートの段階で落ちてしまいました(苦笑)。ちょっと待ってくれ、どうしてもミクシィに入社したいんだ、とほかに話を聞いてくれる部署がないか採用エージェントに調整してもらい、結果的に内定をいただいたのは、スポーツ事業部とはまた別の事業部でした。

 

想像だにしなかった組織開発との出会い

──配属された部署でアサインされた業務はどのようなものでしたか。

野村 新規事業のプロジェクトで、PRを担当しました。マーケティングは経験がありましたが、PRは初めてだったので第二新卒として入社したような気持ちでしたね。プロダクトがハードウェアではなくソフトウェアになったという違いはありましたが、モノを売る手助けをしていることには変わりはありませんでした。 

──もともと希望されていたスポーツ事業部ではなく、ほかの事業部に入社されたわけですが、やりたいこととのギャップはなかったのでしょうか。

野村 まずはPR担当としてしっかり勉強したいと思っていたので、本を読んだり、セミナーを受講したりしながら施策案を考えて、上長に壁打ちさせてもらい知見を得ていきました。ところが入社早々、その事業はクローズに向かっていき、3カ月経っても実業務がほとんどない状況で……。そんなときに「組織開発ってどう?」と声をかけてもらい、3カ月間はPR担当とDE事業本部*の組織開発を兼務、その後正式に組織開発を担当することになりました。 

*コトダマンなどを中心に、デジタルエンターテインメント事業を担当している部署

──PRから組織開発に進むとは大きなキャリアチェンジですね。mcc*を利用されたのですか。

野村 mccがあることは知っていて、実はスポーツ事業部への異動も検討していました。組織開発への異動は事業部からのオファーだったので、結果としてはmccは利用していません。すごいモノを作る人たちをサポートするところは、しっくりときました。僕に合った形のキャリアチェンジだと思っていますし、だからこそ提示してもらえたのだと思っています!

*「ミクシィ・キャリア・チャレンジ制度(mixi carrer charange、通称mcc)」の略。部署毎に求人を掲載し、メンバーは所属上長への相談や許可がなくても求人に応募でき、条件に合致すれば社内異動が実現する

──野村さんは、チームや仲間で何かに取り組むことを大切にされているのですね。

野村 そうですね。中学や高校時代に部活の立ち上げに協力したり、大学時代には有志団体の立ち上げをした経験が今に繋がっているのかもしれません。

──立ち上げた有志団体はどのような目的で集まったものなんですか?

僕の学科は卒業制作が必須ではなかったので、学科が主催する卒業展示会がありませんでした。ダンサーや、カメラマン、役者など、せっかく色々な人が集まっているのに、シナジーが生まれないのはもったいないよね! と、同じ学科の友人たちと話し、学科の卒業展示会を運営する団体を立ち上げ、「映身展」というイベントを主催しました。僕が所属していた映像身体学科は、歴史が浅い学科だったので、10年後までこの映身展が続いて、いつかは知る人ぞ知るイベントになっていれば良いなと、当時友人たちと話していましたが、なんと、映身展の運営は在校生に引き継がれて、今でも毎年開催されています。 

──自分たちが骨組みを作ったイベントが今も自走しているなんて、嬉しいですよね。みんなを束ねて大きなことにチャレンジする面白さを知っていることが、組織開発でも活きているのでしょうね。

 

コミュニケーション設計を自分のコアスキルにして、組織開発のプロへ!

──組織開発担当に異動したあとはどのような業務をされているんですか?

野村 最初はDE事業本部のミッション作成とキックオフミーティングや朝会の運営などに取り組みました。DE事業本部は、フェーズが違う複数のプロダクトを抱える部署なので、トップダウンでミッションを決めても、全員が腹落ちできるミッションはできないでしょう。メンバーのみんなから言葉やキーワードを拾い上げるワークショップを開催して、ミッションをまとめ上げたのが最初の仕事でした。部内で実施しているアワードの見直しをしたときは、事後アンケートの満足度が大幅に向上するなど、ちょっとした成功体験もありましたね。

▲半期に一度開催される事業部内のアワードの様子

 今の業務をはじめて間もない頃、僕の今後の10年間は組織を活性化させることに、ちゃんと注力しようと思いました。新規事業を立ち上げるときには、どんなに良い事業案があったとしても、チームのコミュニケーションが上手くいかなかったり、組織の意思決定が複雑になったりすると、事業は前にすすみません。自分で事業を作ることはしませんが、組織創りをサポートすることで、良い事業を世に出す手助けに繋がるなと思いました。

 ──もし、「明日からマーケティングに戻りませんか?」と聞かれたらどうですか。

野村 自分がこの分野のプロフェッショナルになるためには、ある程度の期間は人と組織に関わる領域に腰を据えて取り組む必要があると思っているので、今すぐのジョブチェンジは考えられません! 一般的には人事や労務を経験したあとに組織開発を担当するパターンが多いのですが、事業部から組織開発に異動した僕の場合は特殊かもしれません。わからないことだらけですが、一方で僕だからこそできることもあると思っています。将来的には、採用や労務もやってみたいですね。 

──わからないことや不安に思うことで、モチベーションが下がってしまうことはありませんか。

野村 人と組織に関する課題解決法に正解はないですし、初めはわからないのが当たり前なんだと思います。その組織なりの最適解を深く考えることが重要なので、知識や経験の不足は、現場に向き合い、考え続けることで補えます。しかし、定量的な結果が出るまでに時間がかかることには難しさを感じています。組織開発を推進していくためには、やはり部長陣やマネジメント層が動かないと成り立たないので、彼らを説得する定量的な指標を作り、認識を揃えるのは大変ですね。

──組織開発ならではの難しさですね。今後DEで取り組んでいきたいことはありますか。

野村 オンボーディング*を通して、その方が入社してからの立ち上がりをいかに速くできるかということですね。入社して2週間後には「2週間面談」という、困っていることがないか確認する場を設けて、そこで出た課題を部長陣やマネジメント層に共有するようにしています。どのPJにも起きている課題があれば、DE全体で仕組みを作り解決できることもあると考えています。また、業務委託や派遣社員の方は、全社のオリエンテーションを受けずに現場に入っていますので、DE事業本部で独自にオリエンテーションを行い、事業部のミッションや方向性を伝えるようにしています。組織のコミュニケーションを改善していくことは、自分のスキルのコアになるところだろうなと思っています。

*組織に新しく参加したメンバーがいち早く活躍出来るよう支援すること

──なるほど。野村さん自身が心掛けているコミュニケーションのコツはありますか?

野村 見方によっては、八方美人に見えるかもしれませんが、さまざまな意見や主張に、まずは共感することで「あいつは味方だな」って思ってもらえる関係を築くようには心掛けています。一つの課題に対しても、立場が違えば、感じ方は異なります。様々な意見や主張にちゃんと寄り添い、現場やマネジメント層からも「あの人に言えば改善に向かうだろう」「あいつに任せていればよくなるだろう」という信頼感を築いていくことはこのポジションでは大事だなと思っていますね。

また、大学時代に水泳のコーチをしていた体験が、紐づいているのかもしれません。3歳で水泳を始めて、小学生からは週7日スイミングスクールの選手コースに通っていました。気持ちよく泳ぐことが念頭にあり、競技で勝つことに固執するのが辛くて競泳はやめてしまいましたが、大学時代は丸4年間、コーチをしていました。生徒は2歳から80歳までと年齢層が幅広かったので、言葉選びには気を遣っていましたね。言い方によって伝わらない場合もありますし、フルカスタマイズで個々に合わせていくのが良いなと思っています。

──野村さんのように、自分が携わることで組織が上手く回っていくことに楽しさを見出す人には、組織開発のコンサルティングなども選択肢としてあるのではないかと思いますが、どのように考えてらっしゃいますか。

野村 事業会社かコンサルティング会社に所属するかは、このような職種で働いている人にとっての永遠の悩みだと思います。コンサルタントになれば、さまざまな規模の会社の事例やノウハウが手に入るというメリットはありますが、結局仲間にはなりきれないというデメリットもあります。僕はチームの中に入り、現場に寄り添える立場にいたいと思っています。

──チームの中に入って現場の思いを汲み取りながら、より良い組織の形を一緒に探っていきたいということですね。ミクシィのここが良いなと思うポイントを教えてください。

野村 出る杭は打たない…そう思うならやってみれば良いと、経験がないことも任せてくれるカルチャーがあると思います。特に事業部の組織戦略は非常に重要なものですが、本人の思いを汲み取ってやりたいことをやらせてくれます。部長合宿のファシリテーションもやらせていただきましたし、組織開発を担当した当時は1年後にマネージャーになっているなんて思ってもみませんでした! 

──最後に、野村さんの今後の展望を聞かせてください。

組織開発の一連の流れは企業だけでなく、色々なところで必要になると思っています。例えば地域のまちづくりなら、他の地域から移住してきた人向けにオンボーディング出来ると良いですよね。組織開発は企業だけでなく、あらゆるコミュニティで応用できることなので、HR領域に留まらず、最終的にはコミュニケーションの設計のプロになれたらいいなと思っています。自分のビジネス経験を活かして、大学の講師として教壇に立つこともひとつの目標です。

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