ローカル5Gをエンタメ×スポーツでどう活かす?現場の開発エンジニアに聞いてみた。

2022.05.26

ミクシィは2021年10月にローカル5G スタンドアローンシステム(以下 ローカル5G)の免許を取得。基地局の整備などを経て22年1月より本システムを活用した当社初の商用利用としてTIPSTAR DOME CHIBA(千葉県千葉市)にて開催される千葉市主催の自転車トラックトーナメント「PIST6 Championship」(以下 PIST6)の映像配信の実証実験を開始しました。

「これまでにない映像配信をしたい」という開発本部の熱い思いのもと、現在は選手の自転車にカメラを取り付け、迫力あるオンボード映像の伝送を実現する車載中継システムや、レースや選手の情報、写真などを外部システムから自動で取得し、リアルタイムで編集、送出が可能な映像編集システムを社内で独自開発しています。

今回は、2022年4月某日にTIPSTAR DOMEで行われた初の車載カメラ撮影走行テストの現場を取材。現場の担当者(開発本部CTO室インフラグループ)にこれまでの開発背景や今後の展望を聞きました。

(写真)前列:鈴木 丈之 / 後列左:市野 真一 / 後列中央:井上 大輔 / 後列右:北上 一徳

 

これまでにない臨場感のある映像配信をローカル5Gで実現したい

━━ PIST6の映像配信においてローカル5Gの商用利用を開始すると聞きました。これまでの背景や現状について教えてもらえますか?

市野 ローカル5Gの商用利用について、まずはTIPSTAR DOME CHIBA内での可搬型定点カメラ映像の送出から運用を開始します。さらに今後はレースに出場する自転車のハンドル部分にローカル5G対応の小型カメラ端末を取り付け、これまでにない臨場感のある選手視点のレース映像をユーザーに届けたいと考えています。

━━ 今まさに、車載カメラの映像をローカル5Gで伝送するテストをしているところですね。

市野 そうです。車載カメラについては、今から約1年前の2021年4月にPIST6事業部門から『全ての自転車にカメラを付けて、これまでにない映像をリアルタイムで配信したい』というオーダーがありました。車載カメラは既に自営LTEおよびWi-Fiシステムで運用を開始していますが、現在の環境下では利用可能な伝送帯域が限られ、安定性に欠けることが課題となっています。

━━ 「安定性に欠ける」とは、具体的にどういうことですか?

市野 会場内には一般のお客さんが使用するWi-Fiも飛んでいるため、電波干渉によって映像が途切れたり、ノイズが入ったり、画質が粗くなることがあります。またリアルタイム性という意味でもWi-Fi版では0.7秒~1秒ほどの遅延が発生するので、自転車レースでは数メートルの誤差が発生することになります。

━━ スポーツ競技において1秒のタイムラグは大きいですね。ローカル5G版ではどれくらいのクオリティを目指しているのでしょうか?

鈴木 当初目標にしていたのは「0.5秒以内のタイムラグ」だったのですが、現在の実証実験では0.2~0.3秒程度にまで縮められてきました。車載カメラからサーバーへのデータ伝送方式をソフトウェア側で何度もチューニングを重ねてきた結果ですね。ほぼ限りなくリアルタイムに近い、映像体験として違和感のないレベルで視聴者に車載映像を届けられるようになってきたかなと思っています。

 

 自転車にローカル5G版と既存のWi-Fi版の両方を設置して、同時に撮影を開始。映像の遅延差がわかります。

 

もともとはソフトウェアのエンジニアだが…ハードも頑張る!

━━ 他にはどのような課題がありますか?

市野 PIST6では1レースに6台の自転車が出走するのですが、現在のWi-Fiシステムでは最大3台までしかカメラを搭載できないことも課題でした。全ての自転車の車載カメラを安定して伝送するには、やはり5Gの活用が有効だと考えています。

━━ 5Gには『超高速・大容量』『超低遅延』『多数同時接続』という3つの特徴があるわけですね。ところで自転車に搭載する端末は自作ですか?

市野 ローカル5G対応端末で、レース用車両へ搭載できるサイズ及びスペックの既存製品が無かったので、社内で概要設計を行い、外部の専門業者にオーダーメイドで委託して専用端末の製造を行っています。

━━ 開発本部の方々って、ハードの設計もできるんですね!

市野 もともと我々はソフトウェアのエンジニアなので、ハードの設計は手探りでなんとか頑張っています。吉野さん(開発本部長)はなぜか電子工作にも詳しくて、パーツやらデバイスの提案をしてますけど。

━━ テストで使用している5G版の端末は、既存のWi-Fi版と比べるとまだひと回り以上大きいですね。

市野 そうですね。まずは映像を伝送するテストを優先しつつ、より軽量化・小型化を同時並行で進めていきます。小型化を図ろうとすると性能を犠牲にするという難しさもあるので、そのベストバランスを探すのが難しいとこですね。

北上 レースに使用するものなので、できるだけ選手の視界やハンドル操作に影響がでないように、アスリートファーストで改良を重ねています。今後はもっと筐体(ケース)のデザインも丸味をつけてかっこよくしたいです。

(左:ローカル5G版、右:Wi-Fi版)

 

━━ 筐体へのこだわりもすごいですね!

井上 レース用車両に取り付けるため軽いことが重要なので、軽量で頑丈な樹脂を採用してCADで削り出して作っています。樹脂であれば比較的自由に形状のデザインができますし、3Dプリンタでモックを作って試せば、金型をおこすよりも安価で、修正も容易にできるというメリットがあります。今も改善を重ねているところで、今後数回はモデルチェンジすることになると思います。

━━ 車載カメラの取り付け方もオリジナルなんですね?

北上 競技用の自転車は選手によってハンドルの形が異なるので、どのようなハンドルでも端末を取り付けられるように、取り付け部位も試行錯誤を重ねました。現在は「ステム」というハンドルとフレームを繋げるパーツに取り付ける形になっています。台座の部分も3Dプリンタで試作を重ねてゼロから作っていますし、取り付け方式にも研究を重ねています。

レースの前方カメラは世界初!

━━ 現在は走行撮影テストを行っているところですが、手応えはいかがですか?

市野 これまでは開発スタッフが端末を手で持って、歩いたり走ったりして撮影・伝送するテストは重ねてきたのですが、実際にレースのバンクを、端末を取り付けた自転車でテスト選手に走行してもらうのは今回が初の試みです。

実際に時速50~60kmで走行してもらった時にどのような映像が撮れるのか、そして伝送の安定性をチェックするのが今回の主な目的でした。映像のブレなど、対応すべき課題も見えてきましたが、色んなデータがとれましたし、全体的には良い感触を得ています。

鈴木 私の感覚的には、今は60点(100点満点)くらいの出来栄えかなぁと思っています。本番ではレースの全景映像と、車載カメラの映像がミックスして放送されるので、視聴者に違和感のないレベルまでもっとクオリティを上げていきたいですね。

とはいえ、Wi-Fi版でテストした時はトラックを1周する間だけでも映像が途切れてしまうトラブルがあったので、今回の5G版でも何かしら映像トラブルは発生するだろうと覚悟していたのですが、1発目のテストから特に問題なく映像が確認できたことは、ある意味サプライズでしたね。

━━ 自転車の前方に取り付けたカメラの映像は、臨場感がありますね!

鈴木 そうですね。国際規格の競輪では、世界的な大会だと車載カメラを付けてレースをすることもありますが、撮影・放映されるのはあくまで選手の後方からの映像なんです。われわれとしては、さらに迫力のあるものにするために、選手視点での「前方映像」にこだわってシステム構築を進めてきました。

━━ 公営競技での前方カメラ映像は業界初の試みなんですね?

鈴木 練習時の走行をGoProなどで撮って配信する映像は見たことがありますが、公式なレースでのリアルタイム配信は、国際的な大会等でも見た記憶がないので、おそらく我々が世界初になると思います。

━━ 車載カメラといえば、F1などのモーターレースを思い浮かべますが、共通しているところもあるのでしょうか?

市野 いえ。モーターレースは搭載しているカメラが数kgもある大きなものですし、サーキットも広大で、屋外なので映像の伝送に使っている規格も全く別物です。自転車レースとは様々な規格が違いすぎて、参考にできることはほとんどありませんでした。特に大きな違いは「電源の有無」です。モーターレースの場合はマシンからカメラに給電することができますが、自転車レースの場合はそれができませんので、いかに小型で、競技時間中に稼働し続けられる電池を組み込めるかが重要なポイントでした。

━━ 普通のリチウム電池とは違うんですね?

市野 「スーパーキャパシタ」というリチウムイオン電池と比べて容量は小さいですが、充電が早くまた管理コストの低いデバイスを採用しています。これを約5分の競技時間中に電池切れになることがないよう搭載し、素早く充電して繰り返し使用できるのも大きな魅力ですね。

 

タイムリミットと戦いつつ、ベストを尽くす

━━ さいごに、今後の展望について教えてください。

鈴木 2021年10月にローカル5Gの無線局免許を取得してから、基地局の工事、そして商用利用の開始にむけて試行錯誤を重ねてきました。今こうして初の走行テストをむかえましたが、あと数ヶ月の間にテスト選手およびプロ選手の意見を参考にしながら、さらにテストを重ねてより品質を高めていきたいと思います。

━━ ローカル5Gによる車載カメラ映像がPIST6で本番運用されるのは、いつ頃ですか?

市野 2022年の秋頃を目指しています。富士山の登山に例えると、今はようやくスタート地点の五合目に到着したところ…といった感じでしょうか。お客様に自信をもってお披露目ができるようにハード面でもソフト面でもやるべきことはまだまだたくさんあります。タイムリミットがあるので、時間との戦いでもありますが、ベストを尽くしたいですね。

鈴木 実は、この車載カメラにはあっと驚く新しいシステムも仕込んでいるところですが、今はまだ秘密です(笑)。

━━ ミクシィは創業以来、常に最新のテクノロジーを駆使したサービス開発を行っていますが、これまでのインターネットやスマホアプリにおける技術だけでなく、今回のようなローカル5Gやハードウェア開発など新たな技術領域にも挑戦を続けていくんですね。

市野 そうですね。「5G」は今とてもホットな分野なので、我々の取り組みが注目されているのを肌で感じています。我々はもともとソフトウェア領域の会社ですが、ハードウェアの取り組みでも違いを見せられたら良いと思います。

鈴木 我々は今後もリアルとバーチャルを融合した新しいコミュニケーションサービスの創出を目指していきます。ミクシィは「エンタメ×テクノロジーの力で、世界のコミュニケーションを豊かに」を中期経営方針に掲げ、エンターテインメントやスポーツ領域での事業成長に注力しています。PIST6をはじめとするスポーツ事業では、クリエイティブやテクノロジーの力で競技としての魅力を最大化し、人に伝えたくなるような驚きや感動をユーザーに届けたいと考えています。

 

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