9月15日、特別なゲストをお迎えして「マーケティングの鍵(キー)」をテーマにしたトークイベントをオンラインで実施しました。
ゲストは、株式会社刀のシニアパートナーを務める中嶋啓之氏。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンなどのコンテンツ企画責任者として様々な実績を残されていらっしゃいます。MIXIの代表取締役社長である木村弘毅が迎え、「マーケティング」にまつわる実践的な事例、求められる人物像について2時間にわたって語り尽くしました。
この記事では、当日の様子をダイジェストでご紹介します。
━━この回の前提として、「マーケティング」をどのようなものとして捉えておられるかお聞きしたいです。
木村 マーケティングは、商売における全てに関わる行為だと思っています。いわゆる「今いる消費者にどう売るか」ということではなく、今の消費者にも、未来の消費者にも、どのような価値を届けていくか、届けていきたいかを考える行為ではないでしょうか。リリースしてしまえば終わりの活動ではないので、全ての工程に必然的に発生するものですよね。
中嶋 そうですね。マーケティングの定義は様々ですが、私が重要だと思っているのは「社会に対して新しい価値を作っていく」ということ。木村さんが仰るように、売る行為にフォーカスすることが大事だとは思っていなくて、いかに上流で価値を作るかが大事なのではと思います。もちろん、結果として魅力をしっかり伝えきることも重要ですが、それはあくまでも結果。我々は「消費者」という言い方をしていますが、ことマーケティングにおいては、どのように消費者を理解して、どのような価値を届けていくか、この二点に尽きるように思います。
木村 売る行為だけにフォーカスすると、長続きしないんですよね。一定のところまでは成長するかもしれませんが、誰に何を届けたいかといった視点がないと目標を見失ってしまうというか。誰が私たちのサービスを必要としているか、その人々に向けてどのような価値を提供していくか、という命題なくしてはマーケティングは出来ないと思います。
中嶋 その上で、消費者が誰かという視点は欠かせませんね。大きく二分すると、「今使ってくれている人」と「これから使ってくれる人」の二者になりますが、消費者を知る上ではそれぞれがどのような性質を持っている人々なのか、どうすれば喜んでもらえるのか。それらをいかに緻密に想像を重ねていけるかが重要なのではないでしょうか。
━━具体的には、どのように消費者を知っていくのでしょうか?
中嶋 とあるうどん店チェーンのプロモーションをご一緒したことがあるのですが、まずは大きく「日本人にとってどのような存在か」という点から掘り下げて考えていきました。外食でうどんを食べる頻度って、例えば10回中でおおよそ1,2回。つまり1〜2割ほどなんです。焼き肉のようにめでたい日に食べる特別高価なものではないのに、意外とそれくらいなんですよね。
木村 たしかに、それくらいの頻度に思えますね。
中嶋 でも逆に言えば、うどんをちょっとでもいいと思ってもらえて足を運ぶ頻度を増やすことができれば市場を倍にもできるポテンシャルを秘めているとも言えます。
なぜこのような存在なのかと考えて見えてきたのは「いいうどん」の基準が曖昧なのではないか、ということ。例えば焼き肉であれば、いい肉は柔らかいし、いい焼き肉屋は松坂牛などのブランド牛やA5などの等級など、消費者の中に判断できる指標がありますよね。でも、うどんにはないのではと思ったんです。
まずはその基準を示すことが重要で、いいうどんとはどのようなものか、それがどこで食べられるのか、とアプローチしていくことで消費者に届けていきました。
━━まずは日本におけるうどんの立ち位置から考えると。なぜそれほど大きなターゲットから考えられたんですか?
中嶋 うどんに限ったことではなく、我々がターゲットを細かく決めて考え始めることはつまり、それ以外の消費者を除外することになります。ビジネスのポテンシャルとしては可能なかぎり大きな市場を狙っていきたいので、まずは対象となる商品やサービスの日本における立ち位置から考えはじめ、そこから絞っていくような流れです。
ターゲットを決める上で大切なのは狭すぎず、かつ広すぎないかということ。狭すぎればそもそもビジネスとして成立しないこともあるし、広すぎれば誰にもピントが合わないこともあって…その塩梅を見極めて、ちょうどピントの合う市場を見つけることを大切にしています。
木村 なるほど。「うどんでも食べるか」から「うどんを食べに行こう」と価値を転換するような施策だったと。マーケティングがどのようなものかを端的に表現したエピソードかもしれませんね。
━━でも逆に、思うようにいかなかった事例もありますか?
中嶋 USJに在籍していた時にあるIPを使ったイベントを実施したのですが、想像通りに盛り上がらなかった経験はあります。反省点としては、消費者への理解が足りなかったことでしょうか。もちろん、そのIPの作品を見て自分なりに感じた魅力や、こうすればファンは喜んでくれるだろうと推察して、SNSでリサーチなどは重ねて実施したのですが、いざリリースしてみると想像通りにはならなかった。
木村 ありますね。
中嶋 悔しいですが…ありますよね(笑)。その時に学んだのは、目に見える消費者の意見が全てではない、という点でした。例えば消費者リサーチを重ねていても本心で話してくれているか分からないし、消費者自身がSNSで発信していたとしても、その裏には言葉になっていない思いもたくさんあります。それをどこまで推測できるかは、マーケティングにおける難しさであり、腕の見せどころなのだろうなと実感しました。
木村 本当に難しいところですよね。少しでも気を抜くと作る側の都合を優先したり勝手な未来を想像してしまったりするので、いかにサービスの作り手のバイアス抜きで消費者のことを考え抜けるかがキーとも言えるかもしれません。
端的にいうと「人々が何のために生きているのか」を考えることが重要というか。ともすればインターネットサービスだとDAUなどの数字で消費者を捉えてしまいがちなのですが、DAUにおける「1」という数字はつまり一人の人。そこには生活があって、それぞれの生き方やこだわりがあるわけですよね。それを「1」消費者ではなく「一人」の消費者として想像していけるか、これは本当に見失ってはいけない点だと思います。
━━サービスを広げていく方法の一つとして「バイラル」がトレンドになって久しいですが、やはり意識されて設計しているのでしょうか?
木村 モンストはそうとも言えますね。ですが、モンストというタイトルが出来て「これをバイラルで広げよう!」とマーケティングをしたわけではなく、ゲームタイトルを考える時点でどのように消費者に遊んでほしいかを考えてシステムごと設計して、その結果バイラルで広がっていった、と表現した方が正しいかもしれません。「ゲームは家で一人でするもの」がスタンダードだった市場に対して、「友人と集まってプレイすることでより楽しくなるもの」へと価値を転換することで、自然と友人を巻き込んで広げていってもらえたものですね。
中嶋 消費者を使って広げていく、ではなく消費者が自発的に広げてくれる好例ですよね。意図的に「広げてね」と消費者に呼びかけても、そんな都合のいいことはしてくれないので(笑)。川下でどのように消費者から広げてもらうかを考えるより、川上で消費者が広げたいと思うようなサービス・プロダクトを作れるかどうかが肝なのだと思います。
━━次にマーケティング人材についてお聞きしたいのですが、どのようなマインドやスキルが重要だと考えられますか?
木村 MIXIの新規事業の場合、事業責任者がマーケティング戦略を考えることが多いのですが、消費者の全てを想像出来ないとマーケティングもうまくいかないのではと思います。事業やサービス主導ではなく、消費者の目線でしっかりものを考えられる。これは、ことマーケティングだけではなく、作るサービスにも関わってくる大切な資質だと思います。
中嶋 そうですね。成功事例を参考に考えるのではなく、「消費者としてなぜそのサービスを選ばなかったか」という視点で考える癖は必要なのかなと思います。成功したサービスよりもうまくいっていないサービスからの方が学ぶことは多いので、マーケティングに携わりたい方はそうしたマインドセットを身につけるとより具体的に消費者の目線で考えられるのではないでしょうか。
私自身、漫画『宇宙兄弟』の一場面をホーム画面に設定しているのですが、「本気の失敗には価値がある」という言葉が載っているシーンで、すごくいい言葉だなと思うんです。失敗やチャレンジって全てを許容することは危ないなと思うのですが、本気で考え抜いて想像してうまくいかなかった経験にこそ意味があると思っていて。考えて考えてやってみてうまくいかなかったチャレンジは検証できるし、このトライが違ったからと次に繋がる糧にできる。だからこそ本気の失敗から学ぶ経験を大事にしてほしいし、私も常に考え続けていることでもあります。
回は質疑応答の時間へ。参加者から寄せられた事前質問と当日の質問の二部構成でお二人に回答していただきました。
Q.新規事業などの精度をあげるべく検証していく方法はありますか?
中嶋 事業を行う上で、ある程度のリサーチは必要になってきます。肌感としての成功確率だけではなく、実際に隣接する事業や似た事業がどれほどの市場を持っていて、どれほど盛り上がっているのかなど、定量面、定性面ともにリサーチしていくことで事前検証の精度をあげていく。これは一回やれば終わりではなく、リリース後も常に消費者の反応を細かく見ながら仮説と検証を重ねながら改善を繰り返していくものなので、基本的なサイクルだと思います。
木村 事業フェーズによっても変わりますよね。例えばモンストの場合、開発前の段階で似たようなタイトルがないからこそやってみる価値があって、だからこそ潜在的なニーズがどれほどあるかを想像しつくすことも重要になってきます。このような場合、リリースしてからある変数を追って消費者の動向を観察して受け入れられ方を把握していくのですが、中嶋さんが仰る通り、すべてのイベントや施策ごとの変数に仮説があり、それらを検証しながら調整を重ねていくので、検証しないことはほぼありませんね。
中嶋 そうですね。重ねると、どのような変数を追うかもすごく重要だと思います。事業は様々な変数で構成されているので、全ての変数のステータスを追うことは出来ませんし、注視する変数をコロコロ変えては事業の軸もぶれてしまうので、死守しなければいけない変数を設定して、そこを軸に次のアクションを決めていく。この変数の設定方法次第で事業の動向も大きく変わるので、センスが問われる部分だと思います。
木村 『家族アルバム みてね』の場合、DAUではなくDAFという数字を定めていて。「Daily Active Family」の略なのですが、家族単位で使ってもらいたいアプリなので、毎日どれほどの家族が利用してくれているかを把握するために用いている数字です。家族に使ってもらうことが価値のコアにあるサービスなので、このようにオリジナルの変数を定めることもありますね。
Q.マーケターとしてテーマパーク事業に従事する上で必要な経験、知見は?
Q.優秀なマーケターになるために学生の時点でやっておくべき具体的な内容は?
中嶋 これは業種に限らず、マーケターとしてキャリアを積んでいきたいのであれば「消費者をどうすれば喜ばせられるのか」と考えて実戦する経験をしていくことが重要だと思います。もちろんマーケティングにおける手法や知識も必要にはなりますが、それは学べば身につくことなので。
木村 仰る通りなので言葉を重ねるのも…という感じですが(笑)。私の考えでは、マーケターは人の専門家なので、人が何に喜んでどのようなことに熱狂するのかなど、人にまつわる様々な側面にどれだけ熱意を持って興味を持てるかがすごく重要なのではないでしょうか。
中嶋 そうですね。流行っている映画もなぜこれだけ流行って、なぜ受け入れられているのか、それがなぜ今なのか、と色々な角度から背景を想像する癖をつけておくと徐々にマーケターとしての考え方が身についていくと思います。
配信当日、この記事ではお伝えしきれないボリュームでマーケティングにまつわる話を披露してくれたお二人。実践の中で得られた成功/失敗談は、マーケティングの領域に収まりきれない事業、サービスのノウハウや知識を交えた充実の内容でした。中でも、マーケティングは売る仕事ではなく価値を作り届けること、といったお二人の言葉はマーケティングへの考え方を揺さぶられるような言葉として届いたのではと思います。
MIXIでは引き続き、様々なトークイベントの実施を予定しています!
今後開催されるイベントについては、以下よりチェックしていただけますのでぜひフォローして今後のイベントを視聴いただけると嬉しいです。