2022年2月、Jリーグクラブ FC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社の新代表に川岸が就任し、約1年が経ちました。アルベル監督体制での成績、運営・興行面でトライしたこと、来季に向けた課題や展望などを、川岸代表に聞きました。
東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長 川岸 滋也
慶應義塾大学経済学部卒業。1999年 株式会社NTTドコモ入社。コンテンツ開拓やポータル運営、Webサービスの立ち上げ等、ネット事業全般に携わる。2008年7月 株式会社MIXI入社。mixi Platformを活用したプラットフォーム戦略の検討や各種アライアンスを推進。2012年 株式会社リクルート入社。ネット系開発部門やコーポレート部門で従事後、2020年7月 株式会社MIXIに復帰。ライブエクスペリエンス事業本部 スポーツ事業部の事業部長を経て、2022年2月 Jリーグクラブ FC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長に就任。
アルベル新監督のもと踏み出した変革への第一歩
━━2022年はFC東京にとってどのような1年でしたか?
今年はアルベル監督が新たに就任し、変革の第一歩となる基礎固めの1年となりました。監督が変わるというのはクラブにとって重大なことです。起用される選手も変わるし、戦術も大きく変わる。だからこそ、新監督を迎えるのは非常に勇気がいる。MIXI GROUPとして初めての年が始まる中で、分かりやすい変化を生み出していくために挑戦した1年だったと思います。
━━1年前のインタビューでは、「攻撃的な新しいスタイルにチャレンジしてほしい」というお話がありました。
スポーツはエンターテインメントであり、ショービジネスです。サッカーでは、点が入るところが一番のハイライトですよね。そのハイライトを増やすというのはファン・サポーターの方々にとって分かりやすい変化ですし、さらなるファン・サポーターを増やしていくきっかけになるので、クラブの基本姿勢として取り組んでいくべきだと考えていました。アルベル監督は、その姿勢に共感してくれましたし、目標を実現すべくチャレンジしてくれたと思います。実際には今シーズン必ずしも点数をたくさん取れたわけではありませんが、もともと強みだった守備力を活かし、クリーンシート(失点がない)の試合が多かった。今までの良さを活かしながら、アルベル監督が目指すサッカーにチャレンジできた1年だったなと感じています。
━━今シーズンに100点満点で点数を付けるとすると、どれくらいでしょうか?
サッカー面でいえば、70点くらいじゃないでしょうか。
━━残りの30点とは?
欲を言えばもっとゴールが取れていたらなと。データ的には総得点数は、昨シーズンとあまり変わらなかったんですよね。来年はその部分を伸ばしていけたら良いなと思いますが、概ね満足しています。特にホームでの勝率が良く、勝負の一戦やビッグマッチにおいて、引き分け以上の結果を残すことができ、ファンやサポ―ターに満足していただけたのは良かったと思います。我慢して見る試合というより、楽しんで見る試合を展開できたのは嬉しかったですね。
━━試合を見ていてもポゼッション率が上がっていたり、ショートカウンターが機能していたりといった目に見える変化がありました。
データを見ると、ポゼッション率はかなり改善していますね。それは劇的な改善というか劇的なスタイルの変化だと思います。
若手が頭角を現し、ベテラン選手の存在感も光る
━━今シーズンは高卒ルーキーの松木玖生選手が開幕スタメンデビューし、パリ五輪世代のバングーナガンデ佳史扶選手が頭角を現した1年でした。FC東京の未来は明るいと感じましたが、川岸さんはどう考えていますか?
松木玖生選手は高校を卒業していきなりレギュラーとして活躍している選手です。彼のような逸材はなかなかいないので、僕らとしてもサプライズでした。FC東京の顔となって引っ張ってもらっている実感があります。佳史扶選手はユースの出身。これからもFC東京では、ユース出身の選手をトップチームで積極的に起用していく、そして主力として活躍してもらう…という流れはしっかり作っていかないといけないと考えています。松木選手も佳史扶選手もいずれは海外、もしくは今すぐにでも海外でプレーしたい、という気持ちがあると思いますので、もし良いタイミングでチャンスが来たら気持ちよく送り出してあげたいですね。若い選手が躍動するというのはサッカー業界において非常に重要なので、引き続き自分の進みたい道に積極的にチャレンジしてほしいです。
━━若手選手の出場時間も目に見える数字として出ていましたよね。1年前のインタビューでは「アカデミー、スクールの強化に取り組む」という話がありましたが、具体的にはどのように取り組んできたのでしょうか?
今も進行中のプロジェクトなので、現時点で明確な成果はお伝えできませんが、アカデミーの組織でもFC東京で実践している練習やサッカー戦略を目指して取り組んでいます。若手選手の育成を通じてトップチームに送り出していく、もしくはうちのチームではなくても、トップ選手として活躍できる選手を増やしていくことが我々の役目でもあると思うのですが、一人ひとりをどう成長させていくかというところは、来季の体制を変えながら取り組もうとしているところです。
━━なるほど。
トップチームというのは監督が変わる度に戦略が大きく変わるので、以前はユースとしてはどういう選手を育てれば良いのかが明確でなかったと聞いています。トップがフィロソフィーを固めてあげないと、ユースとしてもどういう選手をスカウトして、どう伸ばしていくのかが決まらない。だからこそ今は基礎固めを実現するためのプロセスに入ってきている状況です。
━━若手が活躍する一方で、長友選手などベテラン選手の存在感が光る場面もありました。ベテラン選手がチームに与えた影響について教えてください。
長友選手は早くに世界に飛び出して、欧州5大リーグであるイタリアのビッグクラブ・インテルのレギュラーを勝ち取った男です。ワールドカップにも4回も出場経験があるし、今回のカタールワールドカップでも日本代表選手として、チームの顔として引っ張ってくれました。長友選手は自分のことを“メンタルモンスター”と言っていますが、色々な逆境を全て跳ね返し、どんな状態でもレギュラーを勝ち取ってきた。そんな経験豊富な人からかけられる言葉やかけ声には、これほど説得力のあることはないし、この1年、FC東京は少し苦しい時期も経験していましたが、それを乗り越える力となってくれたとすごく思います。
━━今回のワールドカップの盛り上がりには強力なパワーを感じました。FC東京では今後もスター選手を獲得していくのでしょうか?
何をもってスター選手というのか、というところはありますが、私自身はサッカーの専門家ではないので「あの選手を獲得したい」といった希望はありません。FC東京が強いチームになるために一番大事なのは、チームに必要な選手で編成する、ということに尽きると思っているんですよね。現場のダイレクターが現状で「こういったポジションの戦力が足りない」「この選手に頑張ってもらわないといけない」というのを考えて、練られたプランを全面的にサポートしたいと考えています。
なかには、ファン・サポーターを集める力を持つスター選手がいます。いわゆるサッカー通でない、ライト層の人でも知っている有名選手を呼べば、たくさんの人が注目してくれるでしょう。ただチームが目指す戦略やフィロソフィーが決まっているところに、強烈な“個”を入れてしまうと、上手く回らなくなってしまうこともあります。私個人の感想としては、今のFC東京は、まずチームとしてのフィロソフィを固めるフェーズだと考えています。
スタジアムの来場者を増やす“MIXIならではの仕掛け”
━━今シーズンは花火・照明・DJによる音楽など、演出面のアップデートを行ないました。その手ごたえはいかがでしたか?
今年はホームの試合の観客動員数は2万2000~3000人で、浦和レッズさんに次いでJ1で二番手でした。浦和レッズさんの観客動員数は2万3000~4000人とのことで、非常に近いところまで増やすことができたのかなと思っています。
━━ファン・サポーターに試合を見てもらう、ということに力を入れた結果が出ていると。
東京は日本の首都ということもあり、エンターテインメントの選択肢が非常に多いですよね。人口が少ないエリアであれば、サッカーを第一の選択肢として選んでくれる可能性はあるけれど、私たちの場合は何番目に入るのかというエリアで活動しているので、少しでも選択肢として選んでもらえる順位を上げていく必要性があります。色々な選択肢があるなかでも、なぜFC東京を選ぶのか?がいつも問われていると思うんですよね。
━━確かにそうですね。
こういった背景を踏まえて、サッカーの試合を見るだけでなく、「面白そうだから行ってみたい」「イベントがあるから行ってみよう」と思ってもらえるよう、花火やDJなどの凝った演出をしてみたり、スペシャルゲストにスケートボード・男子ストリートの堀米雄斗選手を迎えてみたり。今季の最終節には歩行者天国を実施するなど、色々とチャレンジをしてきました。実際、新型コロナウィルスの流行でなかなか客足が戻ってこないなか、成功を収められたと思っています。もちろん、全部が全部上手くいったわけではありませんが、観客動員数などの数値を見ても大きく回復できていましたし、次につながる1年だったと思いますね。
━━MIXI所属の堀米選手をスペシャルゲストに迎えたお話がありましたが、それはMIXI GROUPならではの企画ですよね。今後もMIXI GROUPだからこそできるイベント企画も計画されているのでしょうか?
可能なかぎり挑戦したいと思っています。堀米選手のイベントは象徴的でしたが、スポーツ観戦ができる店舗検索サービス『Fansta』との取り組みは通年で行なっていますし、その重要なポジションを占める英国風パブ「HUB」とも業務提携を実施しています。アウェーの試合のときに家でDAZNを見て応援していただくのもありがたいことですが、仲間を連れて「HUB」でお酒を飲みながら観戦するのが日常化していくといいなと。さらに「HUB」のなかにはFC東京応援店舗が7~8店舗あり、そこで“FC東京の応援ドリンク”といったFC東京のファン・サポーター向け特別メニューもご用意しているので、それを飲みながら応援してもらえたら嬉しいですね。いずれにしてもMIXI全体としては、「スポーツ=コミュニケーションの起爆剤になるもの」と考えているので、いかにコミュニケーションの場面や接点を作り出すかに全力を挙げて取り組んでいきますし、それこそがMIXIがスポーツビジネスに取り組む意義だと思います。今後『Fansta』以外のサービスとも、一緒に取り組みができればいいですね。
━━イベントの演出や企画については、どのような組織体制で運用していますか?
実はイベントチームは今年から立ち上げたばかりで、1年運用してみることによって見えてきたものがありました。例えば、スタジアムのDJなどは、運営チームが動かしているプロジェクトでしたが、それは演出の一環だからイベントチームに移管した方が全体のコーディネートはしやすいんじゃないかとか。この1年で分かった細かい発見を踏まえ、来年に向けて組織編制や業務分担について変革していきたいと思っています。
━━イベント企画などを通じて観客動員数が増えたということでしたが、オフィシャルメンバーシップ会員であるクラブサポートメンバー数も増えたのでしょうか?
クラブサポートメンバー数は、昨年と大きく変わりませんでした。クラブサポートメンバーの方は、昔からFC東京が好きで試合を見ることを目的としている人が大半。我々が仕掛けた企画は、スタジアムに行くための背中を押すイベントという意味合いだったので、クラブサポートメンバーの方はイベントがあってもなくてもスタジアムに来てくれる人が多かったと思います。もちろん、クラブサポートメンバーの方から「このイベントは面白かった」とか「楽しかった」という声をいただいているので、今までよりも楽しく、ワクワクできる時間を過ごせるようになったと体感いただいているのかなと思っています。クラブサポートメンバーが増えるというのは、もう1~2回FC東京の試合を見て、「今後も追いかけていこう」とか「見続けていきたい」と思ってもらえた先にあるんだろうなと。今年が最初の一年だとすると、来年再来年にクラブサポートメンバー(※)数がどう変化するか?という時間軸で考える必要があると思っています。
※23シーズンから、OFFCIAL MEMBERSHIPに名称を変更
来シーズンは、さらに試合もイベントも充実した内容に
━━2022年シーズンでは、味の素スタジアムと国立競技場をホームスタジアムとして試合を行ないましたが、2拠点で実施する手ごたえはありましたか?
味の素スタジアムは都心からの交通の便もいいし、駅からもそれほど遠くなく、利便性が高いスタジアムですよね。一方、国立競技場での試合は、東京23区のさまざまなエリアから足を運んでくださる方が多かったんです。もちろん国立競技場の目新しさもあったと思いますが、それをのぞいたとしても「国立競技場で開催されるなら足を運んでみたい」というロケーションなのだと実感しました。FC東京のホームタウンは東京都です。東京都の皆さんに試合を見てもらいたい思いがあるので、味の素スタジアムを軸にしながらも、昨年に引き続き国立競技場も最大限活用していきたいと思っています。
━━来シーズンに向けての意気込み、期待してほしいポイントについて教えてください。
先ほど、もう少し点を取りたいという話をしましたが、来シーズンはそういうシーンが増えてくるんじゃないかと思うので、ぜひ試合を見に来て、ワクワク・ドキドキしてほしいです。新しいメンバーが加わってよりアグレッシブでダイナミックなサッカーができるんじゃないかと思います。イベントについても色々な仕掛けを継続して実施していくので、余暇の過ごし方としてFC東京を見に行くついでに色々楽しんでもらう機会も増えると思います。ぜひ、その辺も期待してもらえたらいいなと考えています。