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2019/06/27

急拡大した「mixi」と「モンスト」を構築したキャリア。 取締役執行役員 CTO 村瀬 龍馬 前編

ミクシィグループは、2018年4月より執行役員制度が立ち上がり、現在13名の執行役員がいます。それぞれの専門領域もしくは、事業担当領域の執行に責任を持ち、事業や組織の運営を担っています。各執行役員の、キャリア、仕事観、事業ビジョン、組織体制など赤裸々に語るコンテンツとしてシリーズでお伝えしていきます。

3回目は、2005年に入社し、2018年4月に技術領域の執行役員に就任した村瀬。前編では、構築してきたキャリアと実績、仕事観に迫ります。

 

■ミクシィでのキャリアについて

【SNS「mixi」の急成長を、システムの面から見守る。】


私が入社した2005年当時は転職サイト「Find Job!」がメイン事業で、SNS「mixi」はサブ事業。当時の「mixi」はユーザー数が60~70万人で、当社自体としては、社員数40名強規模の組織でした。そのうちエンジニアはわずか4~5名しかおらず、私は全システム、全ページ、全機能の改修と開発を担当していました。

2009年には、部長からオファーを受け、中国版「mixi」の開発を、諸事情からフルスクラッチでサービスを作り直すことが決定。ログインのシステム構築からスタートし、中国の規模に合わせて、億単位のユーザーがアクセスすることを想定して数名で作り直しました。日本の「mixi」を参考にしつつ、グローバル化を踏まえた文字コードの使用、アメリカにも進出できるようにタイムゾーンの改修といったように、現地独自の新機能と合わせてフルスクラッチ+αをした感じですね。完成後サービス運用を現地のエンジニアに任せて、軌道に乗ってきたタイミングで、私はミクシィを退職するという道を選びました。

理由は、発展を続けるゲーム技術を追求していきたいという思いが芽生えたから。もともと専門学校でゲーム開発を学んでいた私は、ミクシィにいながらもゲームの開発技術を追っていました。ゲームエンジンの未来を感じていて、それをいち早く利用しゲームの開発の未来を見据えながら開発をしていたゲーム会社に取締役としてジョインすることに。しかしゲームを開発したものの私が未熟な故に上手くいかず…。

その後、スマホアプリやコンシューマーゲームなどを開発している京都の会社に転職。社員数は50名ほどで、少数精鋭のチームがどのように動いているのかを見てみたいという好奇心と、その精鋭達と一緒に仕事をして良いものを作りたいという思いから、入社を決めました。その会社はずば抜けて生産性が高い会社でした。効率を意識し、自動化もツール整備も全て速く、生活も優先している。いわゆる理想な会社です。そこで私は音楽ゲームのツールやFacebookゲームなどのサーバー構築と運用をメインに担当していました。

 

【仕事で痛感した、“エンジニア”という肩書を超える重要性。そして再入社を決意】

2013年。当時のミクシィの役員と偶然会う機会があり、「戻ってこないか」と声を掛けられました。そのとき、心が揺れたんですよね。なぜなら、ミクシィでやり残したことに気づいたからです。私はこれまでエンジニアリング領域以外のことを何も見てこなかったので、マーケティングや企画、経営…諸々全てのことを見たいと思うようになっていました。

そう感じるようになったのは、優秀な方と出会ったことが一番大きいですね。ある方は、経営とエンジニアリングの能力に長けており、経営についてもプログラミングについても、低レイヤーからハイレイヤーまで関わりながら働いていました。これまでエンジニアを名乗ることなく、エンジニアリングを理解している方を見たことがなかったので、衝撃を受けました。企画やマーケティングのメンバーに意見を通すためには、自分が役割に縛られない活動をして初めて意見に説得力が増すのではないか。自分がエンジニアという言葉に縛られているのではないか、と気づいたからです。

エンジニアであることは、自分の生きる糧でもありましたが、たまに言い訳としても使っていました。「私はエンジニアだから、他の領域については知りません」というように。でも、ふとエンジニアという肩書がなくなったら、と考えてたらどうでもよくなってきたわけです(笑)。弊社だと総合職という役割がある人がマーケティングチームや企画チームに異動することはあっても、エンジニアがキャリアチェンジすることは滅多にない。なぜなら、ほとんどの人が「エンジニアとして生きていきたい」と思っているからです。でもその想いを掘り下げていくと、「モノを作りたいから」とか「プログラムを組んで何かが出来上がる瞬間を味わいたいから」とか、色々な想いがあるはずです。そういう純粋な想いが根底にあるはずなのに、端的に「エンジニアとして生きていきたい」と言ってしまう。自分は本当に何が好きなのか、どういうことが自分の幸福につながるのかということを、正しく理解できるようになったのが、ちょうどその頃。会計や経営関連の知識を持って動くと、会社自体の運用やモノづくりにも汎用できる、さらにはエンジニア文化にも役に立つなどが理解できるようになっていました。

 

【2013年10月、モンストがリリース。ユーザー急拡大に伴い、幾度となくサーバー障害を繰り返す。】

モンスターストライク(以下モンスト)がリリースされ、「手伝ってくれ」と呼び出された後、まず私が着手したのは開発体制の整備。開発チームのマネージャーとしても動けるようチームビルドをするため、社内外のコミュニケーションを深めながら、信頼関係を築いていきました。またサーバーの構築補助や開発フローの整備も同時に行なっていました。

11月になるとサーバーのデータが急増。当時の設計だと AWS で利用していたデータベースの最大のスケールプランでも耐えきれなくなってしまい、分散のための改修が必要になってしまいました。12月末にはAndroid版がリリースされることが決まっていましたし、マルチプレイもリリースされるので、サーバーの改修がとにかく急務。12月には比較的余裕があるサーバーにデータを全て移行しましたが、3~4日も持たず…。応急処置的にデータベースの負荷分散をしていったのですが、分散処理をしても障害がたくさん起きてしまいました。それだけユーザーが急拡大していたんですね。ユーザーの皆様を始め各方面のたくさんの方にご迷惑をかけてしまった。徹底して開発チームは死に物狂いで対応しました。2月の中旬・後半にメンテナンスを入れながら、分散処理を確実に実施し、3月の頭には無事負荷の分散が終わりました。

今思い返しても、SNS「mixi」と「モンスト」という、二つのサービスの成長過程を経験できたのはとても貴重なことだったと思います。あまりに無我夢中すぎて、全然記憶にないことも多いですが(笑)、一瞬で過ぎ去った感覚ですね。ただ数々の失敗を通じて、成功へとつなげられた瞬間を何度も味わうことができました。

 

【2018年4月に執行役員へ、11月にはCTO就任。決心した理由とは。】

ミクシィに戻ってきたときに個人目標として掲げていたのは、「視座を極限まで高くする」ということ。視座を高くすれば高くするほど、会社の状況が見えないといけない。会社の状況を知るためには、経営者がどういう判断をしたかという情報を得られる立場にいなければならない、と理解していました。

執行役員になりたいと発言したきっかけは、自分のポジションでは知れないことがまだあったからです。ある日突然、ある事業に何らかの判断が下されたり、新たな取り組みが生まれたりする。なぜその判断が下されたのか、その理由を収集できるようにするためには、もう一歩上のステージに上がらなければいけないと思いました。経営陣が判断した感性の部分や判断の理由を知っていれば、部下が困って悩んでいるときに、何らかの情報を渡すことができる。自分と同じような思いをしている人たちに対しては何らかの貢献ができるだろうと感じ、視座を高く持つために、執行役員となりました。

執行役員になってからは、会社の状況を幅広く把握し、情報や判断を把握することで会社をどうしていきたいのかが分かるようになりました。今後はもっと日本や世界に目を向けつつ、会社経営の経験を積んでいけたらと考えています。

 

■私の仕事観

【チームワークは感覚のシンクロが必須。】

ミクシィのサービスの根幹には“コミュニケーション”という軸があります。個人的ではありますが、感覚の共有は face to faceに敵うものはないと考えています。ただしリモートワークという働き方を取り入れることで、個人の負担が減ったり、効率的に働けるようになる可能性も広がるでしょう。良し悪しをしっかり考えることが必要です。

リモートワークの場合、今課題だと思っているのは、離れている状況を感じさせない働き方ができるかどうか、ということです。何をやっているのか分からない状態で信頼関係を築く以上は、自分が今取り組んでいることを適宜伝えられるスキルが求められます。成果を出せばいいという考え方もありますが、チームワークで働いている以上、信頼関係の構築をどうするかも重要になってくるので、他の人たちが不安にならないような、スピード感や感覚を共有できている人ではないと難しいかな、と。リモートワークは、なんでも脳内をストリーミングする人か、タスクの分解がしっかりできており阿吽の呼吸で仕事を進められるタイプの人には向いている働き方で、みんながみんなできるようなことではないのかもしれませんね。とはいえ、多様な働き方を調整していくことも、これからの私の仕事だと考えています。

 

【「あの頃は楽しかった」とは全く思わない。いつも「今が楽しい」と思う仕事を。】

今働いている人には「今の仕事は、楽しいか」を自問してほしいと思っています。楽しいと思うのであれば、その楽しさを得るためにいっぱい手を動かすと、もっと幸せになる。それは時間の長さではなくて、脳内で考えていることがその楽しいことに向き続けていれば、たぶん幸せだと思っています。

エンジニアとして生きていく上で、書きたいコードや研究したい項目が出てくるようであれば、それに集中できる環境を自分で作り出さないといけません。そういった環境は自然に舞い込んでくるものではないので、自分で手を伸ばすべきです。自分の目的を明確にし、会社を上手く利用して収穫を得ようと努力することが一番だと思います。

基本的に私は「今が一番楽しい」としか言いません。あのときが一番楽しかった、ということはあまりない。なぜなら、今のほうが楽しいから。学生時代に戻りたいですか?と聞かれても、戻りたくないです。今のほうが楽しいから。楽しくないとつまらないですし、楽しいという気持ちは周りに伝染するので、常に楽しくすることを心掛けるようにしています。

そして、メンバーの生き甲斐ややり甲斐を見つけられるようにフォローしつつ、会社や事業がプラスになるように向けていくのが、マネジメントの役割。生き甲斐に向かってやりたいことが明確になっている人たちに、「うちの事業であればこういうことができる」「あの事業であればこういうことができる」と色々な選択肢を見せてその人が活躍して事業が伸ばせることに向けるのがマネジメントの仕事ですし、それが組織の在り方だと考えています。個々人の人生の在り方を認識し、実現することで、「人生を謳歌できています」と胸を張って言えるようになれば、全員ハッピーですよね。

※記事内容についてはインタビュー時点のものです。
後編は、近日公開予定です。

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