ミクシィはなぜスポーツビジネスに挑むのか? 木村さん、どんな未来を描いていますか?

2022.04.07

ミクシィでは創業以来『SNS 「mixi」』『モンスターストライク(以下モンスト)』『家族アルバム みてね』など、コミュニケーションの場と機会を生み出すプロダクト・サービスを数多く展開してきました。2019年には、新たな挑戦としてスポーツ関連ビジネスに着手。現在では『TIPSTAR』や『Fansta』といったサービスや、グループ会社の『FC東京』や『千葉ジェッツふなばし』の運営支援にも注力しています。直近では、千葉ジェッツふなばし(以下、千葉ジェッツ)のホームアリーナ「(仮称)LaLa arena TOKYO-BAY(ららアリーナ 東京ベイ)」の開業発表や、DAZN社との共同でNFTの仕組みを活かした取り組み『DAZN MOMENTS』のスタートなど、スポーツ関連事業のリリースが続いています。今回の記事では、なぜミクシィは、異業界とも言えるスポーツビジネスに挑戦するのか?について、代表の木村にインタビューを行ないました。

成長市場で存在感を示していく

━━最初に、ミクシィがスポーツ事業に目を向けた理由から伺いたいのですが、やはり成長市場という点が大きかったのでしょうか。

そうですね。ミクシィの経営方針は「成長マーケットでいかにシェアを取るか」ということ。これが創業以来ずっと長年貫いている方針です。PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という市場の成長性とシェアを考えたときに、実は日本のスマートフォンゲームのマーケットはすでに成長の余地がほとんどありません。大きいシェアを広げていくために狙わなければいけないのは当然、成長性が高い市場。2020年6月にリリースした『TIPSTAR』はまさにそういった市場を狙っているのですが、なぜスポーツという領域でシェアを取れると判断したかというと、理由は2つほどあります。

━━何でしょうか?

1つはケイパビリティ。つまり組織能力で言うと、私たちはデジタルエンターテインメント領域でゲームをはじめ、『XFLAG PARK』といったリアルイベントも何度も開催してきました。例えば千葉ジェッツなどはスポーツのオフシーズンの間も、エンターテインメントを提供していくために自分たちがやってきたノウハウを活かせると考えたからです。

━━勝ち筋があると判断されたんですね。

はい。そしてもう一つが、私たちが強みとしている“ソーシャル(人間関係の間で発生する様々なニーズ)”の知見が活かせること。今までスポーツ、特に公営競技や海外のスポーツベッティングの領域の中において、友達とワイワイ遊ぶサービスというのはほとんどありませんでした。友達とゲームをしたら面白いのと同様、友達と楽しめるベッティングサービスを届けることができれば、『モンスト』がそうだったように、『SNS 「mixi」』がそうだったように、成長市場の中で大きいシェアを取っていけるだろうと判断したわけです。

━━スポーツと一口に言っても、公営競技とプロスポーツの領域があると思うのですが、公営競技に可能性を感じられたのはなぜですか。

安定的な収益を生んでいく立ち上がりの速さは、公営競技が強いと思っています。競輪や競馬などの公営競技がある中で、少しスポーツの毛色の強い『PIST6 Championship』*を立ち上げました。
*千葉市が公営競技として主催する新しい自転車トラックトーナメント。千葉市より包括委託を受けた株式会社JPFより、ミクシィ社とJPF社の合弁企業である株式会社PIST6が一部再委託を受け、お客さまの体験設計やイベントの運営、マーケティング領域を担当。
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オリンピックの競技の一つであるKEIRINをベースにベッティング対象としているもので、少しイノベーションジャンプがあるわけです。今までの競輪とちょっと違う、けれど似ているところで興行をしている。よりスポーツ感のあるものに対してベッティングをするというカルチャーを創っていくという点においては、立ち上がりが速いだろうと判断しました。

ただ、参加人口で言うと、バスケットボールやサッカーのようなメジャースポーツの方が圧倒的に大きいわけですよね。実は海外ではメジャースポーツはベッティングの対象としてものすごく伸びていますし、チームの財源として還元もされています。将来的には日本国内でもメジャースポーツでベッティングができるよう発信をしていきたいと思っています。

━━なるほど。プロスポーツとベッティングを、“スポーツベッティング”という大きな方向に統一していくという、壮大な計画があるわけですね。

そうですね。ベッティングだけではないのですが、日本国内のメジャースポーツのマネタイゼーションというのは、米国などからしたら遅れがちだと思うんですよ。逆に言うとすごくポテンシャルがある領域だとも思っていて。少し時間は掛かるかと思いますが、そのようなところにもしっかり投資をしておきたい。将来合法化されて解禁する頃には、ミクシィがトップランナーとしていられるように準備を進めたいと思っています。

 

かつてあったカルチャーを“取り戻す”

━━今伺った話がビジネスの側面だとすると、次はなぜミクシィがカルチャーとしてスポーツ領域を選択するのかについて聞かせてください。

個人的にはゲームもスポーツも好きなので、等しく楽しめるものを、という思いではいますが…。私は、一人で見ていてもそれほど盛り上がらないのがスポーツだと思っていて。ゲームについては、友達と遊ぶという世界観を創ることができましたが、日本でももっと友達と一緒にスポーツを見て一喜一憂したり、落胆したりというカルチャーがあったらいいなと思うんですよね。応援しているチームが負けたときも、一人で観ているより仲間と観ている方が、救済があるというか。みんなでああだこうだ言ったり、スポーツバーでヤケ酒飲んで帰ったりするだけで全然違うと思うからです。みんなでスポーツを消費するというカルチャーをもう一回創る。創るというより“取り戻す”に近いですね。

━━なるほど。以前のカルチャーを取り戻すための挑戦だと。

かつてテレビが娯楽の王様だったときというのは、みんなでテレビにかじりついてコンテンツを消費していたわけですよね。今はものすごくコンテンツがパーソナライズされて、別々のコンテンツをそれぞれ別々のモニターで消費するという世代になっています。ですが、例えば『TIPSTAR』であれば同じレースを友達と賭けて、同じレースを観て、勝った負けたで一喜一憂する。あるいはスポーツバーなどに集まって「わー負けた!」「勝った!」と盛り上がる。そういうスポーツの楽しみ方を取り戻していきたい、と思っています。本来人間というのはコミュニケーションの生き物だと私は思っているので、感情を繋ぐということをもう一度取り戻していきたいんですよね。

━━「スポーツをみんなで観る文化を作ろう!」というのではなく、「昔はみんな一緒に観ていたよね」というスタンスで、新しい枠組みやツールをミクシィが用意して、その文化を取り戻すということなんですね。

現代社会においてはさまざまな要因によって、人のコミュニケーションを阻害する薄い膜みたいなものに人は閉ざされていっていると思うんです。例えば、ある動画配信サービスにおいては自分の見たい作品がAIによってお膳立てされて、口元まで運ばれるというような社会になっていて、どうしても便利なのでそっちに指が伸びていく。テクノロジーによってどんどん楽な方に流されてしまうんですよね。だけど、本当はもっと友達と一緒に、時間や空間を共有しながら楽しめたことがあったんじゃないか、というのはあって。ものすごく明確な断絶ではなくて、世の中が便利になりすぎることによって、少しずつ遠ざかってしまう。そういう薄い膜に閉ざされる状態ができてしまっていて、もう一回その膜を取り払ってコミュニケーションが取れる機会を作っていこうと思っています。

━━薄い膜を取っ払うための突破口としてスポーツがある、と。

そうですね。スポーツは膜を壊す力がある、最有力候補だと思っています。というのも、ライブという筋書きのないドラマで、その場あるいはそのときではないと味わえないものだから。後でアーカイブのダイジェストを観るのと、得点の瞬間を一緒に共有することでは、大きく質が違うと思うんです。ゲームや映画などのコンテンツだとリアルタイム感が提供しづらい。筋書きのないドラマが見られるスポーツならば、「一緒に観ようよ」「消費しようよ」という気持ちにさせる力がある。スポーツは、そのキーになるコンテンツやサービスになると確信しています。

━━なるほど。

今のスマートフォンの消費マーケットを見ていくと、実はゲームのようなインタラクティブ性が強いものはどんどんユーザーベースが減りつつあるんです。その背景には、動画系コンテンツがすごく伸びているというのが一つの要因なんですよね。通信状況が良くなったという理由もあるかもしれませんが、やっぱりユーザーが楽な方に楽な方に行っているのではないかと。その中で「ゲームをもう一回やろうよ」とデジタルエンタメ事業で働きかけていますが、一方で楽な方に行く動きというのは止めづらいとも思っているので、動画やライブも一緒に観るという方向に促せないか、とは考えています。

━━どうしても受動的なものばかり選択してしまうのは、仕方ない部分ではあるんですね。

かくいう私も動画配信サービスはかなり観ますし、うちの子どもたちも観まくっているので、どうしても利便性の高いサービスには抗いづらいという世の中は変わらないと思いますね。

━━これから挑戦するスポーツベッティングについても、よりインタラクティブなものに発展していくイメージでしょうか。

インタラクティブ性を持っていながら、ゲームのように難しいスキルは必要ない形を目指しています。動画というのは、受け身で観ているのが楽という大前提がありますが、そこに対して簡単に自分も参加できるという状況を作ることができれば、楽な方に流れつつも、もう一度コミュニケーションを取り戻せるのではないかなと。でも、この道はそんなに平坦ではないと思っていまして。そもそもコミュニケーションが面倒という大きな流れがある中で、ソーシャルアプリケーションの利用状況を見ていると、年代によって大きく変わるんですね。若い人たちはソーシャルサービスやソーシャル系のアプリケーションをかなり使っていますが、30~40代になると一気に利用頻度が落ちていく。コミュニケーションはそれなりに疲れるじゃないですか。だから結局、疲れた現代人にとっては、動画配信サービスのように「自分でぼーっと消費していればいい」というサービスのほうが強いんだろうな、と。

 

人々が再び繋がりあう世界を作る

━━コミュニケーションについて逆風が吹いている中で、あえてコミュニケーションを取るという選択肢を選ばれたのはなぜですか?

やっぱり人って、コミュニケーションなくしては生きていけない生き物だと思っていまして。誰もいない荒野にポツンと残されて、一生誰とも接しないで生きていくことってかなり過酷なことだと思うんです。本来であれば、色んな人と気軽にコミュニケーションを取って楽しむことを、多くの人がやれるべきだと思っていて。それができない状況になっていくのは結構、人類において不幸なことなんじゃないかと。今後、ソーシャルネットワークやソーシャルアプリケーションなどの境界線は結構曖昧になっていくと思っていて、従来の『SNS 「mixi」』のようなテキストベース、音ベースのSNSプラットフォームは評価されるのではなく、形を変えて色んなものがありうると思っています。私は『家族アルバム みてね』についても、家族というソーシャルグラフに特化されたサービスだと思っているので、SNSだと思っているんですね。

━━というと?

『家族アルバム みてね』には足あとの機能がありますよね。広くに開かれたソーシャルネットワークだと足あと機能がプレッシャーになることがありましたが、家族間であればそれはコミュニケーションのスタイルとしては心地良いものになっていると思っていて。おじいちゃんおばあちゃんはコメントしないでも、見ているということさえ伝われば、お父さんお母さんは「伝えられて良かったな」という風に思うでしょうし。「足あと議論」というのは『SNS 「mixi」』でも大きくあったものですが、そういう反省や気づきが形を変えて、色んなところにSNSのノウハウとして宿っていると思っています。

━━長年培ってきた成功・失敗のノウハウが、さまざまなサービスに息づいているんですね。ちなみに、ミクシィがスポーツ事業に着手する上で、競合に勝ち得る勝算はあるのかについてお話を聞かせてください。

サービスの形自体は色々似せることができるとは思いますが、そうそう簡単にサービスの本質まで真似できるものじゃない、という風には思っていますね。『モンスト』のときもそうでしたが、『モンスト』がリリースされて以降、引っ張り系のゲームやマルチプレイのゲームは、雨後の筍のようにいっぱい出てきましたが、『モンスト』のように“友達とのコミュニケーションを取る”ということを大前提として設計されているゲームはなかったと思っています。友達とのコミュニケーションのバリューを強く信じている、その本質というのは中々理解されないだろうと。例えばソーシャルネットワークサービスや大手コミュニケーションアプリなども私たちの競合にあたるのかもしれませんが、彼らはどちらかというとエンターテイメントやコンテンツ領域に関してはケイパビリティとしては強くなく、どちらかというとツールとしての機能が強い企業だと思っています。

━━確かに。

サービスを考える上で、コミュニケーションの取りやすさの追求と、「人がどう感じるか」というところまで徹底して設計しきる能力というのはうちの会社特有だと思っています。プラットフォームを運営する会社が真似できるかというと、そうでもないと思うんですよ。

━━コミュニケーションと人が使い続けたくなるサービス設計の部分は、他社の追随を許さないと。スポーツ事業における収益見込みや成長予測については、どのように考えられているか教えてください。

実は国内の公営競技というのは、年間7兆円ほどの産業なんですよね。モバイルゲーム市場が1兆円ぐらいだとすると、現時点でも規模の大きい市場です。しかも公営競技ではDXがそこまで進んでいるわけではないので、今後も変革を続けていく中で、将来的には利益ベースで1000億円を超えていくようなポテンシャルがあると考えています。スポーツベッティングが解禁されると、これも公営競技と同じ7兆円ほどのボリュームがあると予想されているので、『モンスト』の最盛期を超えるような事業ボリュームになってくるというのは、充分考えうると思っています。

━━今後の展開としては、まず膜を壊す突破口を作ることが命題になるんでしょうか。

そうです。スポーツとテクノロジーの力で、従来の心もつながるコミュニケーションを取り戻す。そして、全く新しいスポーツのパーセプション、新しいスポーツ体験を作り、一次の人間関係を再構築し、熱狂と興奮を作る。泡がパチンと割れて、人々が再び繋がりあう世界を作る。これが私たちの今目指すところですね。私たちミクシィはパーソナライズな世界の中で、ソーシャライズの可能性を信じていますし、これからもそれは揺らぐことのない信念です。

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