『モンスターストライク』、『共闘ことばRPG コトダマン』などのゲーム事業、『TIPSTAR』、『チャリロト』などのスポーツ事業、家族アルバム『みてね』などのライフスタイル事業など、“コミュニケーションの創出”をキーワードにさまざま事業を展開してきたミクシィ。そして、2021年4月には、スポーツ観戦ができる店舗検索サービス『Fansta(ファンスタ)』をリリースしました。
次々と生み出させる新規事業、いったいどのようにつくられていくのでしょうか――。
そこで、ミクシルでは“事業のつくり方”をテーマに事業開発者にインタビューする新シリーズを始めます。1回目の今回は生まれたばかりの『Fansta』について。事業責任者の中川に話を聞きました。
──今年の4月にスタートした『Fansta』とは、どのようなサービスでしょうか。
『Fansta』は、「スポーツ観戦ができる店舗検索サービス」になります。近くのエリア、見たい試合、好きなチームなどの条件から店舗を探すことが可能です。欧米においては一般的なライブビューイングでのスポーツ観戦を日本でも定着させ、新たな文化を創造していきたいと考えています。
元々のビジネスアイデアとしては、前職の仕事でNYにいた頃に思いついたもので。アメリカには仲間とお店に集まって飲みながらスポーツ観戦を楽しむことが一般的で、その形を日本でももっと拡大させていくことができるのではないか、と思ったのがきっかけです。もちろん、全てがそのままの形でトレースできるわけではないので、日本のライブビューイング市場や放映権、キャッシュポイントなどを調査しながら事業にしていきました。
──そもそもの話にはなるのですが…日本においてライブビューイングへの需要は高いのでしょうか。
市場調査結果によると、現時点で数百億円ほどと言われており、コアなファンだけに限らず、潜在的な利用者を獲得していった場合、数千億円の巨大市場にまで拡大すると推察しています。
利用者のインサイトの中心は、「一緒に盛り上がりたい仲間がいる」「同じスポーツ観戦をするのが好きな仲間がいる」など、誰かと一緒に盛り上がりたいニーズが高く、TVやスマホでの観戦では体験できない価値が求められていることが分かっていますね。
──思った以上に大きな市場ですね。ビジネスモデルについても教えてください。
『Fansta』のビジネスモデルに関しては、大きく2つのステップを考えています。最初のステップとしては、送客メディアとしての収支モデルです。『Fansta』を利用する店舗からの月額利用料・送客料を売上の柱としていきます。
これまでの「店舗でのスポーツ観戦」という話でいうと、放映する店舗側は、興行主催者や放送事業者などに対する申請が前提となっていて、気軽に観戦告知・集客することが難しい状況にありました。そこでミクシィでは、セールスエージェントパートナーとしてスポーツチャンネルとの提携を開始。『Fansta』への放映権利開放を実現すると共に、国内プロリーグを中心とした試合開催数を担保しています。
これによって、“新しい顧客層を開拓したい”“スポーツバーとしての魅力をアピールできていない”といった課題を持つ店舗に対し、スポーツ映像配信事業者公認の新しい集客サービスとしての『Fansta』を提案。店舗が抱えていたライブビューイング開催申請における煩雑なフロー、告知・集客に苦戦…といった課題を解決することが可能になると考えています。
──非公式ではなく、新しい集客サービスであることに大きな価値がありますね。では、次のステップについてもおしえてください。
まだ話せる部分がそう多くないのですが、次のステップとしては、ユーザーがそれぞれにアカウントを持ち、店側がライブビューイングイベントを開催、そのチケットの取りまとめを『Fansta』で実現できないか、と思っています。
これが実現できれば、ユーザーからはどの店にどんなファンがいるのか足を運ばずに会場を選べる上に、店側もお客さんの規模や属性を把握でき、オペレーションの予測も立てやすくなる。さらに、チケットとしての新規収入源も見込めますよね。サービス、ユーザー、協業パートナー全てにメリットがある仕組みを作れないかと構想しています。
──現在、中川さんは「事業責任者」という立場で全体の指揮を取られていますが、実際に事業を立ち上げていく上でのポイントや苦労したことについて教えてください。
ポイントにしていることの一つは、ビジネスモデルを考える上で、少なくともロジックは完璧な状況にすることです。もちろん、ビジネスなのでロジックだけで上手くいく話ではないですが、大前提、目標達成に向けた具体的な方法や枠組みとして、矛盾がないことや隙がないくらいに考え抜くことはとても大切だと考えています。
なぜかというと、それほどの蓋然性がなければ自社ももちろんですが、業務提携先の会社さん側としても承認することはできないからです。その事業に投資することで、どう利用され、どのようなリターンがあるのかのロジック、出来ればエビデンスがなければ納得してもらうことは難しい。計画に少しでも説明できない部分があると、当たり前ですが会社として投資するという判断はできませんよね。
──ですが新規事業において、エビデンスを集めるのは難しそうです…。
いくつかやり方はあると思いますが、ただ頭をひねるだけではエビデンスは出てこないので、最小規模で実施してみることもひとつの方法です。
例えば、あるサッカークラブの試合を、ある店舗でライブビューイングを開催してみる。このテストを行った日の結果によって、ファンクラブに所属する会員の何%がライブビューイング観戦してくれそうか、予測が立てられます。その時のチケットの販売数は?そこに来たお客さんがどれだけ飲食を行った?と、机上の空論ではない、リアルな一日の数字を得られます。そして、そこに年間の試合数、全クラブチーム数をかけることで、年間での売上が見えてきますよね。「ユニットエコノミクス」という収益性の最小単位を明らかにすることで、月間・年間などの収益の予想を立てる方法です。もちろん、エビデンスの検証方法は他にもいろいろありますが、こういった取り組みの積み重ねによって精度を高めていくことができると思います。
──積み重ね…ですか。
そうです。事業コンセプトやビジネスモデルというのは、最初から明確な輪郭を持って生み出されるわけではなく、少しずつ見えてくるようなものだと思います。抽象的な説明になってしまうかもしれませんが、私の感覚としては彫像を作るようなイメージ。元のアイデアを検証した現実によって削り、次の推測を立てて磨いていくことで、ぼんやりと形になっていって…その輪郭をハッキリとさせていくような、そんな作業に近いですね。
ですから固まるまでのプロセスは、面白さでもあり、本当に苦労するところです。上司や同僚、メンバー、時には提携先など周りの人と何度も壁打ちをして、議論をして、練り直して…そこから誰もが納得できるものに仕上げていきます。
経営会議に上程して決済を取る場合においても、経営会議前に各役員の方に資料を見せて事前に意見をもらうことをしています。アドバイスを反映しながら“突っ込みどころのない資料”になるよう心がけていますね。
──他にも、大事にされてる視点はありますか?
「インカムゲイン」と「キャピタルゲイン」の両方を見ていくことは重視しています。「インカムゲイン」というのは、資産を保有することで得られる利益のこと。『Fansta』でいえば、店舗からの月額利用料などがそれに当たります。
一方、「キャピタルゲイン」というのは、資産を売ることで得られる利益のこと。分かりやすくいうと、『Fansta』そのものの価値がどのぐらいあるか、という話になります。極端な話ですが、利用してくれる店舗がゼロだったとしても、『Fansta』へのアクセス数が毎日何十万もあれば、売上がなくても資産としてのプロダクトの価値が高く、大きなリターンを得ることができるわけです。
「インカムゲイン」と「キャピタルゲイン」、どちらか一方を伸ばすだけでは事業は上手くいきません。日々の収益を伸ばすだけでは自転車操業になってしまうこともあるし、プロダクトの価値が伸びない。プロダクトの価値だけを伸ばすだけでは、収益は伸びない。ある程度比例する部分でもありますが、その両方が今どのような位置にあるか、を細かく見ながら成長させていくことが大事かな、と思っています。
──“ミクシィの新規事業”として、意識した部分もあるのでしょうか?
そうですね、私はミクシィがこれまで展開してきたサービスの共通点は、“コミュニケーションを活性化し、大きくしていく仕組み”にあると思っています。どういうことかというと、何か新しいサービスをリリースした際に、莫大な広告宣伝費をかけるのではなく、ユーザーが「このゲーム面白いよ」「このサービスおすすめ」と、別のユーザーを呼んできてくれることが一番インパクトがあると考えている。コミュニケーションを活性化させられるサービスであることが、ミクシィのフィロソフィーみたいなものかなと感じていますね。
──なるほど。
ですから、『Fansta』においても、その考えをどうプロダクトに落としていくのかは、肝になると思っています。他のプロダクトにはない差別化になるな、と。具体的には、参加する人が見えることで、イベントの雰囲気が分かるようにしたり、イベントの参加者全員でコミュニケーションができるようにしたり…「仲間を見つけ、友達を誘う機能」を積極的に開発していきたいと考えています。
▲アプリでは、試合・会場が探せるだけでなく、「仲間を見つける、友達を誘う」機能も充実させていく予定
──事業立ち上げにチャレンジしたいという方も多くいると思うのですが、どういうところからスタートしていくのが良いのでしょう。
理論と実践が両立していなければ、新規事業を開発するスキルは磨かれないというのが私の自論です。学んだことを実践の場で試してみる環境に身を置かなければ、難しいのではないでしょうか。これはこういうことだったのか、が体験としてつながるというか。
いくらたくさんのフレームワークを知っていたとしても実践したことがなければ、それは絵にかいた餅なんですよね。だから、そういう場に自分を追い込むことが手っ取り早いような気がしています。
──とはいっても、全くの未経験から新規事業に携わるチャンスはそう多くありません…。中川さんはどのようにして経験を積んでいかれたのでしょう。
おっしゃる通り、最初から新規事業を仕事にできる場所を見つけるのは難しいと思います。
私の場合で言うと、前職でも新規事業を担当していましたが、その前は副社長の秘書をしていました。この時の仕事は、新規事業とは全く関係がありません。ですが、最終的な事業承認を行なう副社長の考えを良く知っている私の存在は、新規事業の部門からとても重宝がられました(笑)。ですから、私は「副社長の考えが分かる」という武器を持って、少しずつ新規事業に関与していった形です。
──なるほど。
みんなが面倒に思っていたスケジュール調整や資料のコピー取りなどの雑用から入っていって、新規事業を学びましたね。資料を作成している人がいれば横に行ってそのプロセスを見させてもらったり、質問をぶつけてみたり…。その一方では、分からないことを理解し知識にするために死に物狂いで勉強しましたね。理論と実践を行き来しながら、事業責任者ができるぐらいまでになった感じです。
──何か自分の得意なところを足掛かりにするといいのでしょうか?
そう思います。交渉なのか、エクセルなのか…なんでもいいと思うんです。他人には負けない、という強みがあれば、そこを起点にチームに入っていくきっかけを作ることができる。
組織に所属することって、貢献し続けることだと思うんですよね。何か1つでも得意なことがあれば、それが可能です。自分の軸を作って、少しずつテリトリーを広げていくと良いと思いますね。現在の『Fansta』チームも、同じような考えをベースに構成されています。それぞれが何かの分野においてスペシャリスト。これが強いチームの条件でもあると思います。